FC2ブログ

揖斐川石


ここしばらく水石をアップしていなかったので、揖斐川石をご紹介します。二つの写真とも画像サイズを大きくしています。

DSCN0054_convert_20181116150952.jpg
揖斐川のジャクレ石。高さ17cm。

DSCN0055_convert_20181116151356.jpg
接近して撮影。

員弁川石は30㎝級以上の大物石を採石する場合もありますが、玄関のげた箱の上において鑑賞する分には17㎝もあれば十分ではあります。
スポンサーサイト

浜松探訪 その7


ここまで浜松市の神社を見てきましたが、かなりの数があると理解されます。それだけ古い歴史があるのでしょう。今回は神社から離れ、魔女の家を見に行きます。

DSCN0482_convert_20181115080740.jpg
アニメに出てくるような不思議な雰囲気の家々です。

DSCN0483_convert_20181115080905.jpg
屋根も壁もぐにゃぐにゃ曲がっています。

DSCN0486_convert_20181115081017.jpg
今回のような晴天ではなく、雨の夜稲妻が光った瞬間に撮影すべきでしょう。

DSCN0487_convert_20181115081115.jpg
本当にぐにゃぐにゃしています。

DSCN0488_convert_20181115081212.jpg
尖塔もありました。比較的まっすぐではあります。

DSCN0490_convert_20181115081316.jpg
尖塔の後ろ側はやはりぐにゃぐにゃ。

はてさて一体何の建物なのでしょう?場所は浜松市東区半田山3-31-18でサマンサマーサと言う賃貸アパートでした。外見は面白いのですが、住むには不便なように思えてなりません。窓は小さく室内は暗いでしょうし、洗濯物はどこに干すのでしょう。まあ、そうした問題は別としても、何棟もの夢のある建物に賃貸料を払えば住めるのですから、きっと楽しいのではと想像します。ホームページは以下を参照ください。
http://samanthamartha.jp/


位置を示すグーグル画像。

浜松探訪 その6


今回は浜松市東区天王町1484-1に鎮座する大歳神社(おおとしじんじゃ)を見ていきます。同社は文化3年の秋、天王宮、天皇宮と大歳神社が同一社に祀られるようになったとのことで、祭神も数多く複雑です。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

DSCN0054_convert_20181113083708.jpg
鳥居と境内です。かなり広い敷地となっています。

DSCN0055_convert_20181113083843.jpg
拝殿も立派。

DSCN0058_convert_20181113083933.jpg
拝殿内部。

DSCN0059_convert_20181113084042.jpg
本殿です。

DSCN0056_convert_20181113084158.jpg
神意をお伺いする、神筮処とのことです。

解説を読みやすいように画像サイズを大きくしています。筮の表記からすると巫女さんが竹で神意をお伺いしていたのかもしれません。

DSCN0057_convert_20181113084335.jpg
花火の解説。

DSCN0061_convert_20181113084243.jpg
解説板です。祭神以外は不明なので、同社ホームページを参照します。

http://www.ootoshi-jinja.or.jp/

ホームページでも詳しい内容がわからないので、静岡県神社庁に記載の由緒を以下引用します。

当社は、景行天皇40年、事代主尊が須羽に天王社を建立し祖先を祀るにはじめ、この霊殿を日本武尊が東征の年、この地の首長の御久和神人が、現在の場所に遷座したと伝えられる。また、坂上田村麿が東征に出陣の際、武運長久を祈願したとも伝えられる。大歳神社は延喜式内社で約1300年前に存在した神社であり、文化3年の秋、天王宮、天皇宮と大歳神社が同一社に祀られるようになった。なお、明治維新の神仏分離令により全ての寺院が廃され、氏子4町は大半が神道家で占められている。そのため祖霊殿、霊舎が存在する。

古い歴史を持つ古社であるのは間違いなさそうです。

浜松探訪 その5


今回は浜松市東区子安町1250に鎮座する子安神社を見ていきます。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

DSCN0049_convert_20181110100536.jpg
境内です。全体が新しく新築同様の雰囲気です。

DSCN0052_convert_20181110100844.jpg
参道です。驚いたことに、参道の敷石が鏡面のような仕上げになっています。

DSCN0051_convert_20181110100737.jpg
立派な松と木の香りがするような拝殿。

DSCN0053_convert_20181110100946.jpg
本殿です。

DSCN0050_convert_20181110100630.jpg
解説板。

当地の庄屋伊藤家の祖先が1635年に浅間神社の分霊を祀ったのが始まりとのことですが、伝説によると源範頼が娘の無事な出産を願って創建した話が伝わっているとのこと。この一帯も蒲御厨に含まれているので、源範頼の伝説が残るのでしょうか?

浜松探訪 その4


蒲神明宮の南東には后土神社(ごうどじんじゃ)と言うちょっと珍しい社名の神社が鎮座していました。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

DSCN0076_convert_20181110101053.jpg
鳥居と境内。公園の一角に鎮座しています。

DSCN0079_convert_20181110101438.jpg
拝殿。

DSCN0078_convert_20181110101244.jpg
解説板。

后土神社
鎮座地 浜松市将監町四番地ノ二
御祭神 埴安彦神(はにやすひこのかみ) 埴安姫神(はにやすひめのかみ)
例祭日 十月十六日前の土曜日
由緒
創建の年代は詳かではないが、天文年間に治水の神として勧請されたが、後に家内安全・五穀豊穣の守護を司る産土神となり、広く崇敬され現在に至っている。
昔この附近に五神渕と言う渕があり、豪雨のたびに氾濫して里人を苦しめた。里人は埴安両神を迎えて治水の祭を毎年斎行し続けたので、水害もなく五穀も良く稔ったと言う。明治七年境内の稲荷神社・若宮神社を本社に合祀した。

DSCN0077_convert_20181110101159.jpg
土の属性のパワースポットだと書かれています。

確かに祭神は埴輪の埴と同じで、田畑の土神や、陶器の神様なので土の属性は正しいのですが、解説板には治水の神として勧請とあり整合していません。治水の神様は禹王でその本名は文命。かつて酔石亭主が探石した酒匂川には、度重なる洪水の被害を避けるため江戸時代に作られた堤が残っており、文命の名を冠し文命堤と称されています。詳細はかなり以前に書いたものですが以下を参照ください。
http://suisekiteishu.blog41.fc2.com/blog-entry-33.html

では、治水の神が勧請される以前に埴安彦神、埴安姫神が祀られたのでしょうか?その場合、後から勧請された治水の神はどうなったのでしょう?いずれにしても、ある場所がパワースポットになるには、何百年もの間人々がその神社を参拝し祈りの念が集積する、地中から強い気が発している、周囲が巨樹に覆われ神々しいまでの神域感があるなどの条件を満たす必要があり、公園の一角のような立地ではかなり難しい気がしないでもありません。今後整備を続け、参拝される方々が増えるといいですね。
プロフィール

酔石亭主

Author:酔石亭主
FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
10 | 2018/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新コメント
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる