西尾城跡の続き


西尾城跡を続けます。城の詳細は以下Wikioediaより引用します。

創建当時、中世期の規模については不明である。1585年(天正13年)に酒井重忠によって、東の丸と帯曲輪の拡張と堀や石塁の造成、櫓門、櫓類、天守などが増築された。1590年(天正18年)田中吉政によって、三の丸の拡張や大手黒門、新門の楼門2棟、櫓門2棟が建てられている。このとき東の丸にあった大手門は、太鼓門と改称されている。
1657年当時の城郭構造は梯郭式の平山城で、西南部から本丸、二の丸、姫の丸、北の丸、東の丸、三ノ丸、それを取り囲む惣構えが構えられていた。本丸には3重櫓と3棟の2重櫓、二の丸には1棟の2重櫓、南東隅に複合式望楼型3重の天守が建てられ、北の丸、東の丸、三の丸にそれぞれ2棟の2重櫓が建てられていた。
天守は元々、本丸の北東隅に建てられていたと考えられており、1585年の改築のときか正保2年頃までにで天守を本丸から移したといわれている。正親による初代天守については、1585年に二の丸天守が建てられた後も本丸隅櫓として残されていたとしている。


DSCN1801_convert_20170723052511.jpg
城内には結構立派な神社が鎮座していました。

DSCN1803_convert_20170723052639.jpg
拝殿。

DSCN1804_convert_20170723052739.jpg
拝殿と本殿を外側から撮影。本殿拝殿共に檜皮葺の社殿となっています。

DSCN1802_convert_20170723052549.jpg
解説板です。

社名は御劔八幡宮。既に見てきた伊文神社とも関係しています。

DSCN1808_convert_20170723052838.jpg
1996年再建の本丸丑寅櫓(3重櫓)。

DSCN1809_convert_20170723052935.jpg
丑寅櫓の解説プレート。

西尾市の町巡りは今回で終了です。


スポンサーサイト

西尾城跡


それにしても暑いですね。庭でクマゼミが合唱し始めると、あまりの煩さに会話もままなりません。でも、これも夏の風情と思って楽しめばいいのです。蝉の声のない夏など寂しい限り。我が家の庭だけでなく、世界も賑やかなようです。米国のトランプ大統領はロシア疑惑でがんじがらめになり、何もできなくなって、ただ吠えまくるだけの状態に陥っています。英国のメイ首相も、政権内部の争いからEU離脱方針が定まらず、最悪交渉期限切れでECから放り出されてしまいます。我が日本国も加計学園問題や、防衛相の日報問題で支持率が急降下し危険水域に入っています。

この状況にほくそ笑んでいるのが、中国とロシアです。米国は中国に足元を見られ、経済交渉も全く前に進みません。劉暁波氏に対する非人道的な扱いも、徹底的な情報統制で消し去ろうとしています。劉暁波氏に関しては、北朝鮮が米国人学生を死の間際に解放したのと全く同じやり方であり、その意味では中国と北朝鮮は同じだと考えざるを得ません。日本の場合も、中国公船が青森沖の領海にまで初侵入しました。足元がふらつく日本の状況を見てのことであるのは間違いありません。北朝鮮は米国が何もできないと判断し、またICBMの発射準備を進めているようです。

米国も英国も日本も、早く体勢を立て直さないと大変なことになりますよ。野党やマスコミ、マスメディアも世界情勢の中で日本を捉え直す発想を持ってほしいものです。と言うことで、西尾城跡に行ってみます。

DSCN1794_convert_20170719103611.jpg
西尾城の絵図。

DSCN1795_convert_20170721072127.jpg
城の遠望。緑の中に浮かび上がっています。

DSCN1796_convert_20170721072216.jpg
立派な門。二ノ丸鍮石門とのことです。

DSCN1797_convert_20170721072253.jpg
解説板。画像サイズを大きくしています。

DSCN1798_convert_20170721072358.jpg
旧近衛邸。

DSCN1813_convert_20170721072727.jpg
もう一枚。閑雅なお庭と建物ですね。

尚古荘


西尾城跡の脇に昭和初期頃米穀商が造営した尚古荘があるので見に行きます。入場は無料とのこと。

DSCN1785_convert_20170719103710.jpg
入口の門。

DSCN1786_convert_20170719103758.jpg
待合風の建物。

DSCN1787_convert_20170719103911.jpg
石畳。

DSCN1788_convert_20170719104026.jpg
茶室風の建物。風情があります。

DSCN1791_convert_20170719104132.jpg
もう一枚。

比較的狭いお庭でしたが、立体的な構成になっており楽しめました。

DSCN1793_convert_20170719104217.jpg
尚古荘の横にある伝想茶屋の建物。

抹茶を作る体験コーナーもあるようです。酔石亭主はここで煎茶を買いました。

西尾城大手門址


聖運寺のすぐ近くの交差点にゆるいキャラの像が建っていました。一体なんでしょうね。

DSCN1780_convert_20170718123211.jpg
交差点の一角が空き地になっており、その前に建っています。

DSCN1781_convert_20170718123308.jpg
西尾市の簡易地図。

これを見ると中央通り沿いに幾つもの像が建っているようです。興味のある方は駅から通りをまっすぐ歩いてください。

DSCN1782_convert_20170718122949.jpg
像の脇に西尾城大手門址の石柱が建っています。

現在はそれらしき雰囲気は全くありませんが、西尾城も結構大きな敷地を持っていたと理解されます。

DSCN1783_convert_20170718123041.jpg
絵図。

DSCN1784_convert_20170718123118.jpg
解説板です。

絵図で見ると堀もあったようですが、それらしき痕跡は見られません。現在の城跡の敷地はかなり狭くなっているようです。

聖運寺


西尾城跡に向かってレンタサイクルを走らせます。

DSCN1770_convert_20170717103911.jpg
袖壁の付いた商家。

大正時代の頃の建物でしょうか?このような建物はあちこちに見られます。実は西尾市には袖うだつの立派な商家がありました。事前にチェックできず、今回は見落としています。住所は西尾市本町43なので、興味のある方はストリートビューにてご覧ください。本格的な袖うだつは三河ではここだけではないかと思います。(注:豊田市にも袖うだつの建物があったはずですが、現存していません)西尾市はなかなか面白いと思いつつチャリンコを走らせていると立派な山門が見えてきました。

DSCN1778_convert_20170717104115.jpg
立派な山門。聖運寺です。

位置を示すグーグル地図画像。所在地は西尾市中町54。

DSCN1779_convert_20170717104200.jpg
山門をズーム。

DSCN1771_convert_20170717104251.jpg
境内です。かなりの巨木と本堂。

DSCN1777_convert_20170717104340.jpg
巨木の全景。

DSCN1775_convert_20170717104434.jpg
幹部分です。

DSCN1773_convert_20170717104525.jpg
解説板。イブキとのことです。
プロフィール

酔石亭主

Author:酔石亭主
FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新コメント
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる