若狭探訪 その17


東舞鶴から西舞鶴にかけては尾張氏の謎解きに関連する何か所かを訪問していますが、これらは別途アップする予定です。そろそろ時間もなくなってきたので、また小浜市に戻ることとします。小浜市にはもう一か所見たい場所がありました。それが妙楽寺です。所在地は小浜市野代28-13で、こちらの本堂は鎌倉時代の建立となります。厨子には永仁4年(1296年)の銘があり、若狭における最古の建造物とされています。


位置を示すグーグル地図画像。

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石積みが時代を感じさせます。その先には木立に囲まれた仁王門があります。

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仁王門です。

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解説板。

養老3年(719年)に行基が本尊を彫り、延暦16年(797年)に空海が堂宇を建立したとのことですが、行基、空海となると多分に伝説的ではあります。

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仁王門を潜り抜けた位置から撮影。古木が多い。

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幹と根の境界がはっきりしません。

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杉木立の中を本堂へと向かいます。

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ぱっと開けたような場所の奥に本堂が建っています。

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解説板。

純和様式建造物の代表例とあります。鎌倉時代に中国から伝わった禅宗様式建築などと異なり、日本的で穏やかな雰囲気を持っています。檜皮葺の屋根もいいですね。先日近江の湖東三山を訪問しましたが、西明寺の本堂は実にほれぼれするような和様建築でした。

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地蔵堂。平安時代の地蔵菩薩が安置されています。

今回訪問した若狭のお寺は、どれも長い歴史を持っていて、印象深いものがありました。まだ訪問していないお寺もあるので、機会があれば行ってみたいと思います。

ところで文化庁は、小浜市一帯を日本遺産の一つ、「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群~御食国(みけつくに)若狭と鯖(さば)街道」に認定したとのことです。世界遺産はまだ先の話ですが、これを機に若狭の素晴らしい文化財がより広く知られるようになるはずです。若狭小浜は関東圏からは遠いものの、歴史好きには見逃せないエリアだと思います。
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若狭探訪 その16


小浜市から西に向かって車を走らせます。若狭和田の広い白砂の渚と遠くに聳える青葉山の光景は、今も記憶に残っています。

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若狭和田の海岸から望む青葉山。若狭富士とも称せられる秀麗な山容です。

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小さな島が点在しています。

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水石のような島。

さらに走ると青葉山の麓に青(青郷)がありました。ここは秦氏が居住していた場所です。次の目的地である金剛院が近くなってきました。27号線を左折して少し走ると金剛院です。このお寺は三島由紀夫が金閣寺の中で、「金剛院は名高かった。それは安岡から歩いて十五分ほどの山かげにあり、高丘親王の御手植の栢や、左甚五郎作と伝えられる優雅な三重塔のある名刹である。」と書いた程の歴史を持っています。所在地は京都府舞鶴市鹿原595。


所在地を示すグーグル地図画像。

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奉行杉です。

金剛院の手前にありますが、かつてはここも寺の境内だったのでしょう。平忠盛が手植えした杉とのことで、樹齢900年だそうです。

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金剛院の門。

寺の縁起によれば、天長6年(829年)に高岳親王(たかおかしんのう)が高野山から弁才天を勧請し創建したとのことです。

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千年ガヤの古木。

             若狭探訪 その17に続く

若狭探訪 その15


阿納の民宿を出発すると、集落の少し外れた山の麓に神社らしい森が見えました。

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神域の木々です。

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集落の村社と思われますが、春日神社の石柱がありました。

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境内側から撮影。

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社殿。

天徳2年(958年)に創建され、祭神は武甕槌命、斎主命、天児屋根命となるようです。小さな集落の村社でも、巨木が何本かあり神域にふさわしい雰囲気を備えています。さすがですね。集落を出て小浜の市街地に入り走っていると、また鳥居が見えてきました。予定していた場所ではないのですが立ち寄ります。

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小濵神社の鳥居です。

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解説板。明治時代の創建のようです。神社は城の本丸跡地に建てられたものでした。

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解説板。画像サイズを大きくしています。小浜城の城址の解説があります。

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巨木が朽ち果てています。残念です。

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城の石垣。

行き当たりばったりであれこれ見ていると、時間が無くなってしまうので車に乗り込みました。

              若狭探訪 その16に続く

若狭探訪 その14


この日のスケジュールを終えて宿のある阿納に向かいます。ここは民宿村のようなもので、何軒かの民宿が集まっています。

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阿納の小さな漁港。

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海鳥。

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これはやや不細工な。

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民宿の立派な松。砂浜の上にまで大きく枝を伸ばしています。

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夕日が今まさに沈まんとしています。

若狭探訪 その13

 
今回は小浜市金屋74-23にある萬徳寺を訪問します。お寺の前身は極楽寺で、いただいた案内によれば、文永2年(1265年)の若狭惣田数帳に存在が記されているとのこと。その後、応安年中(1368年~1374年)に安芸円明寺の僧覚応が極楽寺を正照寺と改め真言宗を広めたそうです。


萬徳寺の位置を示すグーグル地図画像。

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茅葺の書院。江戸時代初期のもの。

江戸時代の1634年に坂井忠勝が小浜藩主となって以後も真言宗本寺として庇護を受け、代々の祈願所として尊崇されたとのこと。書院前に広がる千五百平方メートルの蓬莱式枯山水庭園は圧巻です。

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書院と庭園。石段を登ると本堂です。

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しばしお庭の前で静謐の時を楽しみます。

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こちらも苔が見事です。

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真言密教の本尊大日如来を表した3メートルの主護石。

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石段下から見上げた本堂。巨木もあります。

本堂は勝手に見てくるようにとのことで、拝観させていただきました。平安時代後期の阿弥陀如来像を含む三体の重文の仏様などが鎮座しています。一日であまりにも多くの素晴らしい神社仏閣を拝観させていただき、いささかオーバーフロー気味です。これらは世界遺産に登録されるべき実力を備えていますが、そうなると静かなお寺や神社の佇まいが失われる懸念も出てきます。その意味では世界遺産にすべきか否か、難しいところです。
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