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鎌倉の谷戸を巡る その1

鎌倉の谷戸を巡る
04 /22 2010

鎌倉を特徴づけるもの、あるいは鎌倉らしさとは何でしょうか?小町通りや若宮大路の賑わい、有名な鶴岡八幡宮であろうと誰しも考えますが、多分そうではないと思います。賑やかな通りは他にもありますし、神社や歴史的建築物は京都、奈良その他の地域により多く集積しているはず。だとすれば、鎌倉だけに見られるものにスポットライトを当てるべきでしょう。

酔石亭主は谷戸の物静かな佇まい、山裾や谷戸を歩けば必ず見られる鎌倉砂岩の崖や、ぽっかり口を開けているやぐらなどが最も鎌倉らしいものだと思っています。

やぐら:鎌倉市一帯で見られる鎌倉武士の墳墓あるいは供養所。

谷戸は鎌倉を代表する地形で、その基盤は鎌倉砂岩(石材業者は鎌倉石と呼んでいるようですが、ここでは鎌倉砂岩とします)によって成り立ち、これに歴史や人がかかわって鎌倉のありようを決定的なものにしている。そう酔石亭主には考えられるのです。

鎌倉砂岩:鎌倉の砂岩は黄褐色の凝灰岩質砂岩からなっており、火山礫も含んでいます。鎌倉市の各所及び藤沢市片瀬山などで過去に採掘され、石段や塀に利用されていました。

塀
外塀に利用された鎌倉砂岩。

江ノ電長谷駅から海岸に出る途中にありますが、珍しい。

塀
軟質なため雨や風の作用でかなり風化・浸食されています。

谷戸の地形、森林、湿地、小川のせせらぎは谷戸全体に特殊な微気象をもたらし、それが珍しい動植物の生息する空間を生み出しました。残念なことにその多くは既に失われたか、改変されています。谷戸の自然は極めて微妙なバランスで成り立っているだけに、ちょっとした変化がその場所に壊滅的な打撃を与えてしまうのです。

鎌倉の谷戸と鎌倉砂岩、それらに重層的に重なってくる自然と人々の歴史。ここでは、そんな切り口から鎌倉の現在を探っていきたいと思います。

第一回目は川名の新林公園です。現在この場所は行政区分上藤沢市に属し鎌倉ではありません。しかしこの地域が鎌倉郡から藤沢市に編入されたのは1940年代であり、歴史的な側面も考慮して鎌倉の谷戸に含めます。


大きな地図で見る

グーグル地図の画像です。
新林は藤沢市が整備した公園で、古い農家や長屋門が移築されており、また裏山の尾根を歩くハイキングコースも作られています。

旧小池邸
旧小池邸です。

画像上に新林公園と書かれていますが、そのやや右上の屋根が小池邸。

解説板
小池邸の解説板。

画像からも見てとれますが、小池邸の裏は谷戸の狭い支谷となっており、大雨が降れば小さな滝状態になると思われます。また支谷部分は杉が植えられています。

支谷
支谷。

隧道
小池邸の裏手にこんな穴が!!

片瀬丘陵には100基以上の横穴墳墓があるので、それかとも思いましたが、墓ならもっと高い位置に作られます。だとすれば防空壕。いや次の写真を見てください。

隧道
穴の中に白い部分が見えますね。

これは穴が反対側に通じているということです。防空壕であれば掘りぬきの穴であるはずがありません。では、一体だれが何のために掘ったものなのでしょう?
色々推理してみると面白いのですが、次回で反対側がどうなっているのかチェックします。

鎌倉ではこのような手掘りに近い隧道(トンネル)が各所に見られますので、今後とも逐次、但しコンクリート化されていないものに限って、取り上げていきたいと思います。

横穴
小池邸右手の穴。

横穴墳墓にしては位置が低いので、新しいもののようにも思えますが・・・。

谷戸
公園の沼と谷戸部分を写したもの。

この谷戸は市によって整備され子供たちの遊び場になっています。どん詰まりには池があって、かつては農業用水として活用されていました。写真手前の小さな沼は水鳥も姿を見せ、子供の自然観察には適しているでしょう。ただ、谷戸としての本来の姿はかなり失われていると考えられます。

        ―鎌倉の谷戸を巡る その2に続く―
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酔石亭主

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