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鎌倉の谷戸を巡る その3

鎌倉の谷戸を巡る
04 /24 2010

今回の谷戸は前回ご紹介の谷戸の東に位置しています。グーグル地図画像で見ると、川名御霊神社から神光寺と表記されている一帯ですね。この谷戸で面白いのは、古代から現代に至る歴史の痕跡が見られることです。

では、グーグル画像を参照しながら、谷戸巡りのバーチャルツアーを始めましょう。
驚いたことに、グーグルアースのストリートビューがこんなところまで入り込んでいますので、興味ある方はそちらもご覧ください。今回ご紹介する場所の全てを、画像は粗いですが、ストリートビューでも見ることができます。

まず32号線を鎌倉方面に進みビクトリアの先で右折し、少し進みます。すると右手に御霊神社の鳥居が見えてきます。

神社
御霊神社の解説石板です。

石段
参拝には急な階段を上る必要あり。

神社
御霊神社。

神社より谷戸
神社より神光寺、谷戸方面。

神社の創建は天慶四年とありますので、西暦では941年。歴史の古さがうかがえますね。この神社、単に社(やしろ)が残っているだけでなく、毎年9月に例大祭が執り行われます。つまり、千年の歴史が現在まで脈々と受け継がれている神社ということになります。

さらに進みますと神光寺に至りますが、この寺もグーグル画像に記載されています。画像上でお寺に沿った下側の崖に、ぽっかり穴が開いています。

墳墓
横穴墳墓群の写真。

これは神光寺横穴墳墓群で、8世紀頃のものだとか。全部確認できませんが、この周辺に8基ほどあるらしいです。

解説板
横穴墳墓の解説板。

墳墓
墳墓内部。

上の写真を見ると高棺座(遺体を安置する高くなった部分)の左横に穴が開いており、隣の墳墓に行けるようになっています。ただかなり狭いので、腹ばいになって潜る必要があります。なぜこのような構造の墳墓を造ったのか、理由がわかりません。谷戸巡りも結構謎にぶち当たりますね。

酔石亭主の推測では、昔々仲の良い夫婦がいて、あの世で別々は寂しいと思い、行き来できるような墓を造らせた。死後それぞれの墓に入り、あの世に行っても妻が隣から「ねえ~、あなたちょっとこっちに来て」、なんて言っていたのかも。うっ、寒!!

ところで、この墳墓の形は釣鐘状となっていますね。これに似た形の穴を前に見ませんでしたか?そう、新林公園の横穴はこれとほぼ同じ形状でした。

だとすればあの横穴、位置は低いものの墳墓ということでしょうか?いや、ちょっと待ってください。マンション側の谷戸から見た穴の形は普通の穴に過ぎません。

ますます混乱してきますが、もしかしたら新林側は横穴墳墓で、その穴を利用してマンション側の谷戸に繋げたという可能性も出てきそうです。墳墓穴としては位置が低すぎるという問題も、穴が支谷に近いので谷から流れた土砂で穴の位置が低くなったと考えれば、解決してしまいます。
真相はまだ不明ですが、あれこれ想像してみると楽しくなりますね。

さて、古墳から先の右側谷戸は寺のお墓で、まっすぐ進むと谷戸のどん詰まりに至ります。

地層
途中にあった鎌倉砂岩の地層。
傾斜しています。これもストリートビューで確認できます。

谷戸
谷戸の行き止まり。

谷戸がたとえ改変されていても、過去の姿を想像することは可能です。その姿を長いこの地の歴史に重ね合わせてみましょう。すると、自然と人々の営みが絡み合い、万華鏡のように現れては消えていきます。あれこれ想像をめぐらすことで、鎌倉の谷戸巡りがタイムトラベルみたいになってきませんか?

             ―鎌倉の谷戸を巡る その4に続く―
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酔石亭主

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