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鎌倉の谷戸を巡る その7

鎌倉の谷戸を巡る
05 /06 2010

今回はその6の続きを歩きます。3番目の隧道を抜け、左折してぶつかった道路を右折すると左手に小坂小学校、右手に北鎌倉美術館が見えてきます。その少し先、この道路の上をまたぐ道が六国見山の斜面を切り開いて造成された住宅街へと続いています。そこで階段を上がり、この高野の住宅街へと続く道に入りましょう。

(その6のグーグル画像をドラッグいただき、高野の文字が画像の下の端真ん中に来る位置にすれば、ほぼ今回巡る範囲となります)

しばし進むと巨大な遊水地が!!

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遊水地です。

谷戸を利用して作られています。谷戸の利用法も様々ですね。

上り坂が続くので結構疲れますが、少し我慢して歩きましょう。すぐに大船高校の校舎が見えてきます。道なりに歩けば、高野台のバス停ロータリーに至ります。そのまま高校を回り込むように進みます。

すると大船方面の道標があり、それに従って右折、舗装されていない細い山道に分け入ります。右手はかなり深い谷をなしていますが、どんどん進むと切通しが見えてきます。それが高野切通しです。昔の姿を比較的残した切通しとされており、切通し全体が大船方面に向けて蛇行し傾斜しています。雨が降ったらきっと滝状態になるでしょう。

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高野切通しです。

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同じく。

切通しの大船側の端に隧道もあったのですが、ほぼ埋められてゴミだらけになっていましたので、写真はあきらめました。

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切通しを降りるとまたも隧道が。

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反対側から。

これは今泉方面に抜ける隧道で路面は舗装されていますが、隧道自体は掘り抜きのままで、昔の姿を留めています。新旧を合わせ持つ隧道という意味では貴重ですね。

隧道脇の小谷戸には多聞院という真言宗のお寺と、熊野神社があります。

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多聞院です。

観光客はいないので至って静か。このお寺は大覚寺派に属し、創建は文明年間(1400年代)、本尊は毘沙門天です。毘沙門天はペルシャのミトラ神が変容したもの。ミトラは正体不明な神ですが、世界の宗教に影響力を持つ不思議な神です。例えばローマでキリスト教が盛んになったのはミトラの教えを取り入れたためです。

キリストの誕生日とされる12月25日は、実は太陽神ミトラの誕生日。ミトラは毘沙門天のみならず、弥勒菩薩や摩多羅神にも変容します。つまり、ミトラを媒介として西洋と日本が繋がってしまうのです。

そう言えば、相模国の秦氏で秦川勝という人物が出てきました。彼は広隆寺に弥勒菩薩像を収めたのですが、それが日本の国宝第一号になっています。謎の一族秦氏が奉ずる正体不明の神、弥勒菩薩(=ミトラ神)。両者の性質には符合するものがあります。ちょっと奇妙な感じですね。

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お寺の裏手。数多くのやぐらが墓地として利用されています。

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元禄14年と書かれていますが、像自体はもっと新しそうに見えます。

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多聞院脇の熊野神社です。

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驚いたことに能舞台まで備えています。

              ―鎌倉の谷戸を巡る その8に続く―
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酔石亭主

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