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面白い実験


昔、会社で面白い実験をしたことがあります。女性スタッフに対し、私のことを課長とか部長と言った肩書ではなく、名前で呼びなさいと言ってみたのです。すると、いやですとの答えが返ってきました。さん付けすれば決して失礼には当たらないはずだからそうしてみなさい、とさらに追い込んでみました。

最後には、どうしてもできません、との答えです。酔石亭主さんという言葉を彼女が発せられないのではもちろんありません。目には見えない外的圧力を感じて、彼女はどうしても私を名前で呼ぶことができなかったのです。このことに、ある種の心理的な機制(メカニズム)が働いているのは間違いありません。つまりはその言葉を発することに対して、何らかの呪縛がかかっているのです。

不思議なことに、外国人の取引先を交えての会話(英語での会話)場面では、彼女は私のことをMr.酔石亭主と何のこだわりもなく言えていました。日本という閉鎖空間(=結界)の中では上司を名前で呼べないが、外国人が入ることにより結界が一時的に破れ、ごく自然に、自分で意識することもなく、名前で呼べてしまうのです。

上司を名前で呼ぶのは失礼だからとか、日本人は個人より組織を重視するから肩書で呼ぶだとか、表面上の理由説明はあるでしょう。しかし、その真に意味するところはわかっていないのです。というか、わからないようにされているのです。

別の例を挙げます。木造の犬小屋が庭にあったとして、それを動かすことは誰でも何も考えずにできますね。ところが、庭に小さな社(お稲荷さん)があったとして、それを動かすのは簡単ではありません。今でもお年寄りは、お稲荷さんを無暗に動かすと祟られると言います。お稲荷さんと言っても社の中にはどこかから勧請したことを示す紙切れ一枚が入っている程度でしょう。

それでも私たちは動かせないのです。物理的には問題なく動かせるのに心理的にはどうしても動かせない。そこには上司を名前で呼ぶのと同様の心理的呪縛が効力を発揮しているのです。

だとすれば、問題はかなり根深そうです。問題の根が深ければ深いほど、逆に挑戦のし甲斐もあります。秦氏について検討していく過程で、この心理的な呪縛の謎も明らかにできると思うのですが、そこに至るまでには時間がかかりそうなので、しばしお待ちください。

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