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歴史に秘められた謎を解く その9


前回書きましたように河童は瓢箪が嫌いで、伏羲と女媧の伝説から方舟=瓢箪となります。瓢箪が方舟と同一視される背後には、胡瓜と同様重要な意味があるはずです。胡瓜も瓢箪も同じウリ科というのが面白いのですが、今回は瓢箪に関して検討していきましょう。

瓢箪は干瓢を作るユウガオと同じウリ科の蔓植物で、酒や水を容れておく器として重宝されました。また、半分に割って食器などとしても使われました。柄杓(ひしゃく)という言葉も、ヒサゴが転じてできた言葉です。柄杓といえば、尺神の猿田彦も連想されてきます。瓢箪は生活用具であると同時に、呪具や魔よけ道具としても使われました。

話は急に変わりますが、アマテラスである卑弥呼の死後、台与(とよ)が宗女となります。台与(とよ)の存在は、豊(とよ)に置き換えて考えるべきで、台与は、秦氏の支配地域である豊国=豊前国に係わるという線が出てきます。豊前国はその九割が秦氏によって占められていました。つまり豊は秦氏であり、豊国なのです。

そして、天孫降臨とは、筑紫地方にあった邪馬台国の部民が、日田盆地(ここには日向の地名が多い)を経由し、耶馬溪のある山国川を下り、豊前の中津(仲津)に到着した経緯を描いたものでしょう。天孫が降臨した場所である豊葦原中国(とよあしはらのなかつくに)とは、正しく台与(とよ)が祭祀する中津の国(豊前国=秦氏の国)ではないでしょうか。

これは、『古事記』という最も重要な神話の編纂(創作)に秦氏が関与していたと見るべきです。また、崇神天皇期に宮中を出て流浪したアマテラスの初代斎宮は、豊鍬入姫命(とよすきいりびひめのみこと)でした。アマテラスの斎宮は豊であり、アマテラスに招かれ伊勢神宮外宮に鎮座した豊受大神は、秦氏が創建した伏見稲荷大社の祭神宇迦之御魂神と同体視されています。アマテラスの裏側には秦氏が見え隠れしているのです。

瓢箪と何の関係もない話と思われるでしょうが、次第に瓢箪に近づいていくので我慢してください。

豊(とよ、ほう)はまた、盃の中に食物が満ちていることを表しますが、瓢(ひさご)を二つに割って作った盃を合わせ離すという意味もあります。また、盃を合わせる点からホウ(逢)とも言いました。

秦氏の豊はホウであり、匏(ひさご)もホウと読みます。豊は匏=瓢箪であり、『古事記』の国土創成で語られるオノコロ(オノコロのコロは葫盧で、これも瓢箪を意味する)島であり、蓬(ほう)莱山(=豊来山つまり秦氏が来た島)でもあったのです。

これら別々と思われたことは、残らず繋がっていきそうです。徐福が探し求めた蓬莱山は日本にあるとされ、鳳来寺山は秦氏の痕跡が多い東三河(=穂の国=豊の国)の中央構造線沿いにあります。蓬莱山は不老不死の仙人が住むとされますが、実は死と再生を司る秦氏の棲む山だったのです。また東三河地域には豊橋や豊川など豊が付く地名が非常に多いという特徴があります。

ここである結論が出ました。秦氏は豊(とよ、ほう)で象徴される存在だったのです。

豊葦原中国。邪馬台国の台与。秦氏の支配地域豊前国。オノコロ島。瓢箪。蓬莱山。豊鍬入姫命。豊受大神。これらには残らず秦氏の関与があったのです。

しかも、スサノオや秦氏に関連している事柄は、どれも死と再生の象徴です。水銀、伏羲、始皇帝、崑崙の玉、金丹、蚕、徐福、蓬莱山と、死と再生のオンパレードのように思えてなりません。不老不死薬の金丹を収める容器までが瓢箪なのです。瓢箪は、あちこちで出現するだけに、死と再生の象徴として重要なものなのでしょう。そして伏羲が瓢箪に入って洪水を逃れた崑崙(=巨丹)も死と再生を象徴する場所でした。

驚いたことに、瓢箪を検討していくと巨丹(ホータン)に行き着くような気配があります。ではここで、瓢箪とは巨丹を意味しているとの仮説を立て検討をさらに進めましょう。

瓢箪と巨丹(ホータン)は発音がほとんど同じである点も瓢箪=巨丹説の根拠になります。そんな馬鹿な、と思われるでしょうが、これからそれを論証していきます。

蘇民将来譚でスサノオは巨丹将来に宿を乞うて断られました。これはスサノオ族が巨丹から――多分疫病のせいで――追われた事実を投影していると思われます。疫病で巨丹から追い出されたスサノオ族、つまり河童はだから瓢箪が嫌いなのです。

瓢箪の伏羲も…当然ながら巨丹から到来した皇帝です。巨丹に到来したシュメール人の子供が長じて中国に渡来したと考えれば、洪水の話や、洪水から逃れるため瓢箪(巨丹)に入り生き延びた話、伏羲が瓢箪から生まれたという説話に、うまく対応するはずです。しかも女媧は女瓠とも書かれ、これまた瓢箪を意味しているのです。

いかがでしょう?まだ瓢箪=巨丹説の論拠としては弱そうですか?では、もっと強力な証拠を以下に提示します。

まず瓢箪の瓢は匏(ひさご)とも書きます。匏の字音はホウです。とすれば、瓢箪はホウタン=巨丹となります。次に伏羲と女媧は崑崙に住んでいたとされ、かつ伏羲は葫盧で瓢箪を意味しています。崑崙は黄河の源流で、そこに産出する不老不死の玉が崑崙の玉。崑崙の玉の産地は正しく巨丹です。

これで巨丹=崑崙となります。しかも、崑崙と葫盧は、ころんとまるい、という基本義を共通にした同系の語で、瓢箪を意味します。

以上から、瓢箪=葫盧=崑崙=巨丹という式が成り立ちます。うまく巨丹と瓢箪が接続されました。単に発音だけでなく、瓢箪とは巨丹を意味しており、瓢箪=巨丹となるのです。


瓢箪にはもっと深い思想的な意味があります。瓢箪はこの世とあの世の境界にあるものを象徴しており、瓢箪に入った人間は死の世界に入るのですが、そこから出てくるときには再生したことになります。洪水で人類が滅亡した際、瓢箪の中に入って助かり、出てきた(再生した)伏羲と女媧はこのいい例でしょう。

『旧約聖書』のノアの方舟も、神によって死滅させられた生き物が、方舟から出て再生することを意味しており、伏羲と女媧の話と同一バージョンになります。しかも、方舟と巨丹の文字を比較してみると、方はホウとも読めるし、舟は丹とほとんど同じ漢字です。さらに、イスラエルの民と神との契約の証しである『契約の聖櫃』はアークであり、方舟もアークでした。契約の聖櫃に関しては以下Wikipediaより引用します。

契約の箱(けいやくのはこ、ヘブライ語: ארון הברית‎ aron habrit、英: Ark of the Covenant)とは、『旧約聖書』に記されている、十戒が刻まれた石板を収めた箱のことである。証の箱(あかしのはこ)、掟の箱(おきてのはこ)、聖櫃(せいひつ)とも呼ばれる。
                   
つまり……聖櫃と方舟は同じであり、方舟は巨丹であり、巨丹は瓢箪。瓢箪はホウ……。ホウは豊であり、豊は秦氏であり、それらは全部死と再生の象徴となります。ノアの方舟と、伏羲と女媧が瓢箪に入って洪水から逃れた話はまるっきり同じ。しかも、瓢箪はオノコロ(ころ=葫盧=瓢箪)島であり、オノコロ島は日本であり、イスラエルがそのまま日本に接続していくのです。

日ユ同祖論の中に契約の聖櫃は秦氏の手で日本に運ばれたとの説がありますが、一般的にはトンデモ説とされています。しかし酔石亭主が提起する上記の視点で見ると、必ずしもトンデモ説とは言い切れないように思えてきます。

メソポタミアを脱出したシュメール人は、父祖の地巨丹=方舟に入りました。そして、神農や伏羲としてそこを出立し、中国やインドに進みます。イスラエルを脱出した十支族は彼らのルートを辿り、秦氏として巨丹を進発。中国へと向かったのです。

中国に入った秦氏は、次に日本を目指しました。日本こそが常世の国でした。秦氏系の赤染氏が常世連に改姓されているのがその傍証でしょう。しかも、常世(とこよ)とは豊(とよ)の国=秦氏の国を意味しています。そこには不老不死薬のある蓬莱山(=豊来山=秦氏が来た山)がありました。どの視点から考察しても、残らず秦氏に収束していきませんか?

巨丹に関する様々な事象は、ここが死と再生を象徴する場所(=一種の特異点)であることを示しています。聖櫃であり、瓢箪であり、方舟であった巨丹。その中に一旦入って次に出ることは、取りも直さず死と再生を意味しているのです。豊(ほう、とよ)とは方舟であり、聖櫃、巨丹、崑崙、瓢箪、蓬莱山、オノコロ島(日本)、台与、豊受大神、豊前国、常世(とこよ=とよ)の国であり、秦氏の死と再生を象徴するものでもあったのです。

ちょっと恐ろしいことになってきました。『人類進化の謎を解く その4』で書いたように、死と再生は、新しい世界が開ける際の特異点を意味しています。だとすれば、死と再生を司る秦氏は、宇宙の発祥から現在に至る進化の基本構造にまで関与している可能性がありそうです。酔石亭主は『日本人の特殊性の謎を解く その4』で以下のように書きました。

四、日本人の発祥。他律的集団主義の世界が開ける。自己展開。日本人の特殊性の形成。
となるでしょう。
誠に信じがたいことですが、宇宙の開闢や人類の発祥と同じ構造の進化(相転移)がこの日本で、私たち日本人に起きていたのです。しかもこれは、極めて高度な心理操作によるものであり、偶然起きたものではありません。では、一体誰が何の目的で、いつ日本人にそのような仕掛けを施したのでしょう?


今まで別のカテゴリーで書いてきたことが、次第にリンクし始めたように感じられませんか?宇宙が開闢して第一の世界が開かれ、生命が発祥して第二の世界が開かれ、人類が発祥して第三の世界が開け、最後に日本人が発祥して第四の世界が開かれました。(なお、言うまでもありませんが、この時点で日本人が発祥したのではなく、他律的集団主義の世界が開けたことをもって日本人の発祥と書いていますので、誤解ないよう願います)

そして第三の世界が開けた地点(アファール三角地帯)から第四の世界が開けた日本を繋ぐ架け橋となったのが、強い気を感知する預言者が輩出した死海地溝帯北端部のイスラエルであり、気の源が発するとされる崑崙山すなわち巨丹だったのです。

上記の物差しで見た場合、秦氏はイスラエル渡来の民などという小さな視点では捉えきれない存在であると理解されますね。(この問題の検討は別の機会に譲ります)

シュメール人と秦氏の渡来に関しては、ネット上でも既に多くの議論があり、本論考も部分的には参考にしています。しかしここで提起している視点は過去に例がなく、この種の議論に一石を投じるものだと思うのですが…、いかがなものでしょう。

瓢箪に話を戻しましょう。『古事記』の国土形成譚によれば、イザナミとイザナギが天の浮橋から矛を海に下ろしてかき混ぜると、塩が重なってオノコロ島ができたとされ、オノコロ島のコロは葫盧で瓢箪です。『古事記』の国土形成譚には、八卦すなわち陰陽五行の祖である伏羲と女媧の伝説が隠されています。但し、日本の『古事記』では洪水神話の部分が欠落したのでしょう。伏羲は陰陽思想の祖ですから、『古事記』は陰陽五行の影響を強く受けているのです。

瓢箪は天と地を繋ぐものであり、イザナミとイザナギ、伏羲と女媧などに象徴されるように陰と陽を表し、死と再生=輪廻転生する宇宙の原理を表しているのです。ちなみに、天孫降臨で高天原から地上にかかる橋(天と地を繋ぐ橋)は、天の浮橋すなわち天橋立ですが、天橋立の枕詞である『ひさかたの』は瓠葛と書き、瓢箪のつるを意味しています。そこで、瓢箪を縦に割ると何になるでしょう?そう、柄杓ですね。

では、柄杓の神様はどんな神でしょう?杓神、尺神で猿田彦となります。猿田彦は境界の神。猿田彦が道祖神など境界の神になるのは、柄杓がこの世とあの世を分かつ境界にある瓢箪を二つに割ってできたものだからに他なりません。

とすれば、猿田彦は秦氏と極めて関係が深いことになります。豊は瓢(ひさご)を二つに割って作った盃を合わせ離すという意味があり、盃を合わせる点からホウ(逢)とも言いました。豊で秦氏と猿田彦が重なっているのです。

瓢箪は巨丹であり、それには秦氏、シュメールのスサノオ、猿田彦までが関与していました。瓢箪と巨丹だけでこれだけのストーリーを紡ぎ出せるのですから、歴史は本当に面白いですね。

            ―歴史に秘められた謎を解く その10に続く―
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