FC2ブログ

土地の記憶に思うこと


土地にはその土地に固有な匂いが染みついていると言われます。ですから、ある土地を訪ねて、この場所は昔こんな風だったのではないかとの印象を受け、後で帰って調べてみると、感じた通りだったというケースは誰でも経験しているでしょう。感受性の強い人なら、初めて訪問したお宅の空気や、土地に刻まれた記憶とか感情を瞬時に読み取ってしまうはずです。

酔石亭主が在住している藤沢市は湘南の中核都市とされ、風光明美な江の島や湘南海岸があり、加山雄三やサザンの歌に代表される開放的で明るい雰囲気に満ちています。しかし、光の背後には必ず闇が…。

駅を北口で降り、銀座通りに入ってすぐ、通りから細い路地を北に向かって歩くと…、廃墟と化したような光景が目に飛び込んできます。

013_convert_20100725185947.jpg
昔は何とか横丁などと書いた看板でも掲げられていたのでしょうか?


大きな地図で見る

グーグル地図画像のクリオ藤沢とプルミエ―ル湘南に挟まれた道の下側にある茶色い屋根がこの場所です。

015_convert_20100725190213.jpg
錆ついた井戸です。

016_convert_20100725190318.jpg
反対側から見た状態。

何とか横丁の先は行き止まりのように見えますが、実は桝形を思わせる構造になっていて、右に90度、次いで左に90度曲がると、何と巨大な高層マンションが数棟建っています。かの有名な耐震強度偽装マンションもここにあります。

桝形:桝形とは江戸幕府による一種の防衛施設で、宿場の入口の街道を直角に2回曲げ、敵が侵入しにくいようにしたものです。

一帯はかつて藤沢新地と呼ばれた特殊飲食街。戦後しばらくは米軍の慰安施設もあり、古くは花街として、東海道を行き交う旅人や江の島詣での人々に慰安を与えた場所でもありました。

現在ではその多くは取り壊され、高層マンションや駐車場に変貌しているのですが、土地に染み込んだ匂いを消し去るまでには至っていないようです。

以前は遊郭であったと思われる建物も数棟残り、古びたビルに入っているテレクラや妖しげなクラブも、かろうじてその命脈を保っています。

018_convert_20100725190558.jpg
遊郭だったと思われる建物。

017_convert_20100725190445.jpg
お隣には三味線屋さん。うまくシステム化されていたようです。

もう少し写真を撮ろうかと思ったのですが、その筋のお兄さんがたむろしていますし、建物の前には幹部所有とみられる高級乗用車が路上駐車されており、これにデジカメを向けた日にはタダでは済まなそうな雰囲気があって、早々に立ち去りました。

グーグルアースのストリートビューならその辺も見られますので、ご興味ある方は、どうぞご覧になってください。

藤沢新地の場合、まだ過去を感じられる様々な要素が残っており、土地の来歴を察知するのはそれほど難しくはないでしょう。しかしこれが鎌倉時代となると、800年という歳月を隔てていることから、たちまち難しくなってしまいます。それでも時として、土地に刻まれた記憶を察知できる場合があるようです。

ずっと以前のことですが、女房殿と鎌倉の名越切通しから法性寺方面をハイキングしました。まんだら堂辺りまで歩いて来ると鋭敏な感受性を持つ女房殿が、どうもこの辺りは嫌な雰囲気がするとしきりに気にし始めました。

その言葉に影響を受けた訳ではないのですが、酔石亭主も何となくうすら寒い感じがしていたのは事実です。帰ってから調べてみると、ここは幽霊が出ることで有名な小坪トンネルのほぼ上に当たっていました。

一帯は戦乱で死んだ武士や巻き込まれた庶民の遺体が投げ込まれた場所であり、その辺りを掘り返すと当時の骨が出てくるので、ある行者がまんだら堂にお骨を収めていたそうです。酔石亭主も行者の姿を目にしていますが、悲惨な過去の印象が今に至るもこの地に残っているとは驚きです。その印象がなせる技なのか、この地には火葬場まであります。遠い過去の記憶が、現代において火葬場という形で蘇っているのでしょうか?

まんだら堂は現在立ち入りできないそうですが、かつてはアジサイが咲き乱れ閉ざされた楽園のようでもありました。累々たる屍があるからその霊を慰めるために花を植える―お堂やお寺に季節の花々があるのは、そんな理由からではないでしょうか?鎌倉の有名寺院でも事情は同じと思えます。ただ綺麗な花を見たり写真を撮ったりするだけでなく、その背後にあるものにも時には目を向けて頂きたいものです。

鎌倉時代ならともかく、千数百年前の古代のことになると、難度はさらに増してくるでしょう。それでも心を澄ませば古代人の息遣いが聞こえてくるかもしれません。過去に何が起きたのかを幻視するには、文献やネットで調べるだけでは不十分で、その土地に染み込んだ何かを嗅ぎ取ることも重要ではないかと思うのです。

上記の例からもわかるように、土地には過去の記憶が刻み込まれているようです。これは何を意味しているのでしょう?酔石亭主の見解は以下のようなものです。
過去に起きたことは何らかの形でその土地に刻み込まれ、データ保存されている。表面の様子は変わっていても、感度の高い人なら土地に刻み込まれた情報をかすかにでも感知することができる。

幽霊を見る人は幽霊を見ているのではなく、その場所に刻み込まれたある人の情報を無意識裏に読み出して、脳内で再構成し幽霊として認識しているのではないでしょうか?超能力探偵と呼ばれる人たちは、対象となった人の持ち物に刻み込まれた情報を読み出して、その人の現状を推測しているのだと思われます。

パソコンもほとんど同じことですね。サーバーやHDに保存されている形のない記号を、日々私たちは文字情報や画像情報として読み出しているのです。ですから誰かのブログを見れば、その人の考え方や感情を読み取ることさえできるのです。

この考え方をさらに拡張してみましょう。以前、「旧約聖書創世記の謎を解く その5」で、この世界にはあるべき未来の記憶が刻印されている、と書きました。なぜなら、無から有が生じるはずがないからです。宇宙が無から開闢(第一の世界が開ける)したのは、未来の記憶が特殊な場に保存されていたからでしょう。

IT技術が進むと、パソコンのチップに書き込まれている情報が、最後には空間的な場に書き込み可能になるのでは、と想像します。全ての情報は特殊な場に保存され、宇宙が閉じられた後にビッグバンが起こり、新たな宇宙は保存されていた情報をベースに自己展開していく、そんなシナリオを描くことができないでしょうか?

実はこのシナリオ、秦氏と空海は知っていたのではないかと思える節があります。例えば虚空蔵信仰です。この中には、虚空蔵求聞持法という無限の記憶力を得られる法があります。なぜ空海は必死になってこの法を秦氏から学んだのでしょう?

虚空蔵とは、全ての情報が収められている特殊な場(虚空の蔵)を意味しているとは考えられないでしょうか?彼らはこの法を実習し、虚空蔵という場にアクセスできるようになっていたのかもしれません。(この詳細は、歴史に秘められた謎を解く、で別途書いていきます)
スポンサーサイト



プロフィール

酔石亭主

Author:酔石亭主
FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
06 | 2010/07 | 08
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新コメント
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる