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夏祭り


8月17日は土甘郷皇大神宮の例大祭で山車も出るので見に行ってきました。藤沢の夏を最後に飾るお祭りと言ったところでしょうか。

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山車です。

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もう一枚。

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ひょっとこ面が山車の上に。いかにも火吹き男そのものですね。

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皇大神宮の解説板。

解説板には鎌倉権五郎景政が大庭を伊勢神宮の御厨にしたと書かれています。平たく言えば、自分の領地をお伊勢さんに寄進した形にして、奪取されないように手を打ったということです。虎の威を借る狐ですね。あれこれ手を打ったものの、結局源義朝の乱入を防ぐことはできませんでした。しかし大庭が御厨になったことで、皇大神宮の神威も高まったのです。近くには伊勢山と呼ばれる丘陵もあり、これも伊勢神宮に関連して名付けられたものと思われます。

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皇大神宮。拝殿のお隣に小さな社が寄り添っていますね。

それが石楯尾神社です。他の摂社は全て参道左手にあり、参道に向いています。石楯尾神社だけが皇大神宮の横に並び、別格扱いになっているとわかります。

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石楯尾神社。

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石碑。

相模国の式内社と刻んであり、相模の式内社は13社しかありませんので、やはり格式の高い社であるのは間違いありません。しかし、実は石楯尾神社は相模国に6社あるのですが、その中のどれが真の鎮座地であるかはっきりしないのです。

しかも、皇大神宮の創建は832年であるのに対して、石楯尾神社は大同3年ですから808年とこちらのほうが古くなっています。ちょっと奇妙ですが、似たようなケースを以前にご紹介していますね。そう、鶴岡八幡宮と丸山稲荷社の関係です。これと全く同じということは…、石楯尾神社に謎めいたものがあるのかもしれません。式内社に関しては以下Wikipediaより引用します。

延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)とは、延長5年(927年)にまとめられた『延喜式』の巻九・十のことで、当時「官社」とされていた全国の神社一覧である。延喜式神名帳に記載された神社を、「延喜式の内に記載された神社」の意味で延喜式内社、または単に式内社(しきないしゃ)、式社(しきしゃ)といい、一種の社格となっている。

石楯尾神社に秘められた謎は近いうちに追及してみます。
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