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秦氏の謎を解く その4

秦氏の謎を解く
08 /29 2010

貴族や官僚の心的コントロールと秦氏が消えた謎は、どう繋げられるのでしょう?以下、両者を繋ぐための筋道を辿ってみます。

秦氏は聖櫃を秘匿するため、貴族や官僚、神官たちを心的にコントロールしました。しかし彼らは日本を構成する一部分に過ぎず、全体ではありません。

秦氏が聖櫃を完全に秘匿するつもりなら、貴族や官僚のみならず、村人など一般の人々もコントロールしなければならないはずです。狭い日本と言っても当時の感覚では実に広く、全国津々浦々に人がいます。もし彼らが聖櫃の存在を知ったら、どうなるでしょう?秦氏の秘密が暴かれ、日本中が大騒ぎになってしまいます。

だとすれば、この問題が秦氏の消えた謎とリンクしているのではないでしょうか?

という観点から、さらに検討を進めます。ポイントは村の構造、猿田彦、秦川勝です。まず村の構造ですが、日本の村は閉鎖共同体という極めて特殊な構造を持っています。そして、村と外の世界を仕切る境(辻)には道祖神、山の神、庚申塔などが置かれていました。

辻には魔物がよく出没します。辻斬り、辻強盗、辻説法、辻堂、辻占、辻駕籠、辻褄など辻のつく言葉は非常に多いのです。また村境は、神輿や盆の精霊送り、厄病送りの到達点で、害虫や疫病神などが放逐される場所でした。

次が猿田彦についてです。猿田彦は天孫降臨の際、天の八衢(やちまた=別れ道)にいて天孫の道案内をした神ですが、この神はそれ以外の神格も持っています。猿田彦は石神、塞の神、道祖神でもあり、道祖神とは外来の悪霊を遮る神で、辻、村境、峠などに置かれました。

また猿田彦は旅行安全、防疫、縁結び、性などを司り、賽の河原で亡者を救う神にもなります。これらの属性は皆、境界、限境を表します。そして、その頭領が猿田彦でした。しかも、大酒神社のご神体は石で、石神は猿田彦なのです。

秦氏の秦酒公を祀る大酒神社には石神としての猿田彦がいて、秦川勝終焉の地にも猿田彦がいます。秦川勝は、世阿弥元清の『風姿花伝』によれば、欽明、敏達、用明、崇峻、推古、聖徳太子に仕えました。そして難波の浦から舟に乗り、播磨の国坂越(さこし)に着き、神の姿から人に変わり、奇瑞を見せたそうです。

これらの伝承は大和猿楽によって伝えられました。よって秦川勝は猿楽の祖とされています。この坂越にも大避神社があります。坂越は当時シャクシと呼ばれていました。シャクシとは釈師で柳田国男によれば、石神や塞の神で猿田彦を表すのです。秦氏と猿田彦は随分親しい関係と言えますね。

もうこの辺りで、見えてくるものがありませんか?日本の村は閉鎖的村落共同体。村は村人たちの閉鎖された生活空間であり、村と外の境界が辻、辻の外側が神の領域である異界、という風に認識されていました。そして境界の神は猿田彦……。

では、上記した村の構造と秦氏、猿田彦を関係づけてみましょう。

村は閉鎖共同体で、境界や辻には猿田彦がいる……。境界を閉じれば村は閉鎖される……。とすれば……。

そう、猿田彦は道祖神や塞の神、石などを置いて境界を作り、村を結界としたのです。これにより、外の世界は異界となり、村は空間的に閉ざされた領域になりました。つまり……、猿田彦によって日本中の村落共同体が空間的に閉鎖されたのです。彼らは、日本の上層部だけでなく、全国の村々にも見えないカーテン(=結界)を張りました。

だから……、「日本人の特殊性の謎を解く」で見てきたように、日本の村落共同体は人為的、作為的に閉鎖共同体とされたのです。

ここで日本人の特殊性の一部分と、日本史の奥深くに封印されていた謎が連結しました。でも、それだけで謎を解いたことにはなりません。村の境界や辻に置かれた石は、単なる目印に過ぎないからです。置き石が村を閉鎖させる機能を持つには、別の操作が必要となるはず。それが真打ちたる秦氏の仕掛けではないでしょうか?

           ―秦氏の謎を解く その5に続く―
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酔石亭主

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