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秦氏の謎を解く その7


狐は、日常的な論理や秩序では説明できない不可解な出来事を説明するための説明体系として使われてきました。村人は自分たちにふりかかった説明不能な現象を狐に化かされたと見なしてきたのです。または、そう見なすよう意図的に方向付けられました。

このように、狐はさまざまな禁忌を犯した場合の心的な呪縛=タブー=禁忌として出現します。伏見稲荷大社の白狐。この言葉から獣偏を取り去れば白瓜であり、津島神社で見たように絶対の禁忌に係わるものとなるのです。この二つは絶対の禁忌=タブー、でした。白瓜は地域と時間が限定されたタブーであり、白狐は地域と時間が限定されないタブーだったのです。

また、スサノオ族と秦氏は兄弟のような関係にあり、協力して聖櫃を守るグループでした。彼らが仕掛けたタブーゆえ、その象徴として白瓜と白狐という似た文字が選ばれたのです。ではこのタブーがどのような影響を村人に与えたのでしょう。答えは以下の通りです。

このタブーは、村落共同体から出離した者は恐ろしい目に遭うという、恐怖の共同性を齎しました。村人全員が恐怖の共通観念を持たされ、村落共同体から逸脱できなくなるのです。

吉本隆明氏の『共同幻想論』(河出書房)によれば、禁制が生み出される条件は二つあります。一つは、個体が何らかの理由で入眠状態にあることであり、もう一つは、閉じられた弱小な生活圏にあると無意識の裡にも考えているとき―なのです。

古代からの村が弱小な生活圏にあるというのは間違いありませんが、ではどんな理由で入眠状態になるのでしょう?普通の生活で入眠状態になることなどめったにないはずです。もちろんある村で、偶発的に、入眠状態となった村人が発生することもあるでしょう。その可能性はありますが、それぞれの村が閉鎖空間になっているのですから場所も限られ、各地で普遍的に発生するとは考えられません。

ところが、狐に関する似通った伝承が日本中に分布しています。とすると……、これは偶発的なことが伝えられ村落における禁忌すなわち恐怖の共同性が獲得されたのではなく、作為的、意図的に全国レベルで一斉に行われたことに違いないのです。

つまり、聖櫃の秘密を守り通すため、猿田彦により日本の村々が空間的に閉鎖され、さらに秦氏によって心的に閉鎖され、その中でのみ有効性を持つ呪い=タブー、すなわち暗示が村人たちに仕掛けられたのです。


『遠野物語』を始めとして日本各地の民話には狐に化かされたとか、狐憑きになるという入眠幻覚的な話が数多くあります。藤沢の民話を読んでみても、明治の中ごろに生まれた人の話として、酔石亭主の居住地のすぐ近くで、狐の話や狐に化かされた話が幾らでも出てくるのです。

狐は秦氏が創建した伏見稲荷大社における神使であり、瓜の獣として天と地を繋ぎ、人と神を媒介し、日常と非日常領域の境界に出現します。ここでいう天、神、非日常領域とは、山人=外来民の領域で、地、人、日常領域は土着民の領域になります。

入眠幻覚は村人に対し、秦氏によって意図的に作為されました。秦氏の仕掛けは民俗学の領域にまで及んでいたのです。いや、秦氏の仕掛けが形を変え、民俗学で研究される対象となったのです。

狐の禁忌が齎した共同性は、21世紀の現代でも生きています。例えば、ゴミがよく捨てられる場所に狐の像や鳥居を置けば、そこへのゴミ捨てはピタリと止まるのです。では、どのようにして禁忌の共同性は作為されたのでしょう?

              ―秦氏の謎を解く その8に続く―
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