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狐の三要素


狐は一般的に、祟る、化かす、憑くとされています。狐の三要素ですね。もちろん、実際の狐がそんなことをするはずはありません。問題は、私たち日本人が狐に関してそうした観念を持たされていることです。

秦氏の狐は現代に至ってもなお、私たちに対し一定の有効性を保っており、それは藤沢の民話からも窺い知ることができます。ということで、狐に関連する藤沢の民話などを見ていきましょう。ただ、藤沢の民話といっても昭和の時代に地元の方から聞き取った話が中心で、幕末から明治頃にあったことが反映されているようです。

特に面白いと思ったのは、福富稲荷に関するもので、この稲荷社は東海道線が引地川(藤沢駅と辻堂駅の間)を渡る鉄橋の横(鉄橋の南側)に現存しています。昭和30年頃の話ですが、山狩りをしていたら狐が逃げ出して、東海道線の下にある土管に逃げ込んだ。そこで松いぶしをして窒息した狐を引っ張り出し、食べてしまった。すると食べた人たちが何だかわからない病気になって、舌がもつれ神経痛になった。これは狐の祟りだということで、お稲荷さんを建てて祀ったそうです。

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福富稲荷です。まだ新しいはずなのに荒れています。

注目すべきは、昭和30年という現代にあっても、狐は祟るという民俗信仰が残存しており、祟りを避けるために地元民が稲荷社を建てたという事実があることです。もちろんこの稲荷社に秦氏は直接関係していません。日本中にある無数の小さな稲荷社においてもそれは同様かと思われます。

秦氏によって遠い昔実行された呪縛は、意識の奥底に刷り込まれたまま消えず、時代を超えて伝わり、結果私たち日本人は数え切れないほどの稲荷社を全国に建立していたのです。

その他の民話では、夜に灯る狐火の話、酔石亭主の自宅すぐ近くでもよく狐が出て化かされると言われていた話、狐に化かされてぐるぐるまわり歩いていた話などがあります。また、狐が憑いた、それを行者が落としたという話もあります。

以上藤沢という小さなエリア内であっても、狐の3要素すなわち憑く、化かす、祟る、が全て見られ、それを語った人たちは明治中期に生まれており、聞き取り調査時点は昭和47年頃で、決して遠い昔の話ではないのです。

もう一つ興味を惹かれたのが、片目のドジョウです。話は以下のようなものです。

『昔から、xxxさんの田の中にいるドジョウには眼が片っぽないっていったんですよ。うそじゃなくて、ほんとなんですよ。お舅さんが、「それはね、鎌倉権五郎景政という人が、眼に当たった矢を抜いて、そこで眼を洗ったから、そこのドジョウは眼が片っぽないんだよ」って』

鎌倉の御霊神社の項で書いたように、鎌倉権五郎景政は奥州征伐において片目を失いました。従って、眼を洗ったのが藤沢であるはずがありません。それにも拘らず、片目の魚に関する伝承が藤沢に残っているのです。

この話は、隻眼の鎌倉権五郎景政を祀った御霊神社が藤沢の村岡にあることから形成されたものと思われます。いずれにしても、800年も前の小さな出来事が、現在に至るまで生きた伝承として残っているのは、驚くべきことです。過去を探るツールとして、民話も決してなおざりにはできませんね。

また、皇大神宮のある鵠沼においては、この地の雲雀(ひばり)は全て片脚が短いとされていました。ですから、足の悪い人のことを雲雀足のようだと言ったそうです。片目、片足は産鉄民の伝承であり、藤沢にもその印象が伝えられていた証拠と考えられます。

なお本記事は「相模国の秦氏」のカテゴリーに入れることとします。

注:上記は藤沢の民話(第一集)藤沢市教育文化研究所を参照させていただきました。
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