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三島由紀夫割腹自殺の謎を解く その2

日々の雑感
11 /26 2010

第二部「奔馬」は清顕の死から18年後、昭和初期を時代背景とする(ますらおぶり)の小説で、右翼団体に属し日本精神を体現したような飯沼勲に転生のバトンが渡されます。

本多は大神神社の剣道大会で飯沼茂之の息子である勲に遭遇、三輪山の滝で彼の脇腹にある三つの黒子を見てしまいます。三つの黒子は本多に、「又、会うぜ。きっと会う。滝の下で」という清顕の言葉を思い出させます。

勲は、腐敗財界人の暗殺計画に参画しますが、警察に逮捕されてしまいます。本多は勲の弁護を引き受け刑は免除されました。しかし、彼は財界の大物を襲い、熱海の海岸において短刀で自決。三島は、正に刀を腹へ突き立てた瞬間、日輪は瞼の裏に赫奕として昇った、と意味深長な言い回しで「奔馬」を終えます。この一文は、割腹自殺に接続する回路を持っているように感じられますが、現時点では、その一つの要素ではあるとしておきましょう。

ここまでの二作には、二人の明確な個性を持つ輪廻転生の主役がいました。けれども、第三部の「暁の寺」では、主人公となる月光姫の性格描写がはっきりせず、過剰なまでの色彩感、装飾感に満ちたバンコクや、インドベナレスの情景描写、輪廻思想や難解極める唯識論の分析に、三島のエネルギーのほとんどが費やされてしまいます。そして本来この輪廻転生の物語を外から眺める役回りだったはずの本多が、前面に出て来ます。

昭和16年、本多は弁護士としてタイのバンコクを訪れます。本多はバンコクで、タイ王室の7歳になる姫が、自分が日本人の生まれ変わりである、と言っていること、名前がジャントラパー姫(=月光姫)であることを知ります。姫と会った本多は、姫が、勲の逮捕された年月日などを知っていることに驚かされます。しかし、池で水浴びをする姫の腋の下には、三つの黒子などありませんでした。

続いてインドを旅した本多は、ベナレスで究極のものを見てしまいます。本多は、すなわち三島はインドで何を見たのでしょう?三島はこう書きます。本多は彼の人生にとって何かきわめて重要きわめて本質的なものを見たのである。

本多が訪れたベナレスは神聖が極まると共に汚穢も極まった町でした。ベナレスの焼場は神聖で清浄とされるものに共有な、嘔吐を催すような忌わしさに満ちていたのです。ここに悲しみはなく、無情と見えるものはみな喜悦で、輪廻転生は信じられているだけではなく、自然の事象にすぎませんでした。これら究極のものを見たという印象は、白い聖牛が本多に顔を向けた瞬間、本多の心を、水晶のような純粋な戦慄で撃ち、十全のものとなったのです。

日本に帰国し、戦争が終わって58歳になった本多は、初代月光姫の形見の指輪を発見し、同時に2代目の月光姫が日本に留学していると知ります。

本多は、転生の証拠となる月光姫の黒子を確認しようとするのですが、うまくいきません。姫は、自分が日本人の生まれ変わりだと言ったことも覚えてはいませんでした。本多は姫を自宅に招き、覗き穴から着替える姫を覗くと、左の脇腹に三つの黒子が現れます。

黒子を確認したのち、別荘が火事になり、帰国した月光姫の消息は不明となります。時代は飛んで昭和42年。ある米人の妻が月光姫だと思った本多は彼女と会います。彼女は、月光姫は自分の双子の妹だと言い、20歳でコブラに噛まれて死んだことを告げ、物語は終わります。

奇妙なのは、バンコクでは確認されなかった三つの黒子が、日本ではあるとされていることです。また、清顕から勲へと続く転生が、月光姫に至って曖昧なまま、物語の中心が本多に入れ替わってしまいます。つまり、輪廻転生の物語がここに来て破綻するのです。

第四部「天人五衰」において、老年に達した本多は三保ノ松原に行き、次に船の出入りを管理する帝国信号所を訪れます。そこで本多は、安永透という若者に出会い、彼の脇腹にある三つの黒子を見てしまいます。本多は透を自分の養子にするのですが、あれは精巧な偽物ではないかとの疑いも持ちます。「暁の寺」で輪廻転生が破綻した以上、三島としてはそんな形で物語を続けるしかなかったのでしょう。

透が満21歳になるまでの半年の間に死ぬなら本物、死なないなら贋物と思いながら、本多は時を待ちます。一方透は本多を準禁治産者に仕立て上げようとします。本多の二十年来の友人である慶子はそんな透を呼び出して、本多が透を養子にしたのは三つの黒子のためだったと告げ、本物なら20歳で死ぬと言います。その上で、あなたはきっと偽物だと言い放つのです。

自尊心を破壊された透は服毒自殺を図り、廃人同様になるものの、一命は取り止めます。本多は三つの世代に亘る転生がどこかへ飛び去っていったと思い、同時に何億回目かの転生に再開するかもしれないと期待しつつ、月修寺へ赴くことを決意します。

月修寺問跡となった聡子に再会した本多は、清顕について語りますが、聡子はそんな方は存じません、と答えます。清顕がいないなら、勲もジンジャンもいなかったことになり、ひょっとしたら、自分ですらも……。と本多は思います。

そして本多は案内された月修寺の御庭を眺め、以下のような文章で「豊饒の海」四部作は締めくくられます。

この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った。庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている。…… 

「暁の寺」で破綻した輪廻転生の物語は、「天人五衰」で輪廻転生も何もないところへ至り唐突に終わりました。これでは、読者は宙ぶらりんのまま投げ出されてしまったような気分になるでしょう。メビウスの環のように円環として閉じるはずの物語は、「暁の寺」で破綻し始め、「天人五衰」に至っても円環は閉じず、真の完結を迎えることなく幕が下りたのです。

三島ほどの天才が物語を完結できなかったのは、なぜでしょう?実に不思議です。この物語の主題が輪廻転生なら、他にも同じ主題で作品を書いた作家がいますので、まずそれらとの対比で考えてみたいと思います。

            ―三島由紀夫割腹自殺の謎を解く その3に続く―



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酔石亭主

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