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学校でのいじめと、内向きになった日本

日々の雑感
11 /28 2010

本日11月28日の日本経済新聞8面と9面には、学校におけるいじめ事件と、内向き志向により世界において存在感が薄れつつある日本についての論評があります。

記事によれば、日本におけるいじめの特徴としては、暴力よりも暴言、無視、仲間外しが目立ち、多人数で異質な者、個性的な者をいじめることが多いとされています。そうなったのは、明治以降の学校制度により、日常の振る舞いも外見も同質性を保つように求められてきたことが原因であると分析されています。結論的には異質な者を排除するのが日本の学校と言うことになります。

一方「ニッポンこの20年」の記事では、世界に積極的にかかわろうとしない内向きな姿勢がニッポンの影を薄くしている、と書かれています。その理由を、日本国際交流センター理事長は、存在感が薄れた大きな理由は、日本人が発言したいという意志と語る内容を明確に持っていないからだ、としています。

この二つの論説は別の論説委員によって書かれているのですが、実は全く同じ内容を異なった側面から書いているにすぎません。つまり問題の根にあるのは同種・同根のものなのです。

日本という国は閉鎖的共同体であり、共同体内部では誰もが同質性を保つ必要があって、そこから外れる者は排除されます。そうした私たちの意識は常に閉鎖共同体の内部に向けられ、その保持に向かいますから、外に対して発言したいという意志を持つことも、語る内容を明確に持つこともないのです。

いじめと内向きな日本。この二つの問題を同時に解く鍵は一つしかありません。日本は閉鎖的共同体であるという社会構造が何に由来しているのかをまず知ることです。社会構造は日本人の意識構造の反映です。では、日本人の意識構造の根本には何があるのでしょう?

日本人の意識構造の中心には空洞があります。中心が空洞であれば、そのままでは自己を存立させることができません。日本人は自己を存立させるため、強固な共同体を構築し、それに依存することでこの問題を回避してきました。閉鎖的村落共同体であるムラ社会がその典型です。

従って、共同体を危機におとしいれるような異質な存在は拒否され、共同体を保持することだけが重要となったのです。そうなれば、意識は常に内側に向かわざるを得なくなり、外に対して発言したいという意志を持つこともありません。この問題はカテゴリ「日本人の特殊性の謎を解く」で完全分析していますので、ご参照ください。

では、なぜ日本人は中心が空洞になったのでしょう。それも「秦氏の謎を解く」で分析していますので、ご参照ください。今の状況を変えることは、日本人の特殊な意識構造をもたらした根源の理由・原因の分析なしには不可能です。日経の論説委員も浅い分析にとどまることなく、根本の議論を紙面で展開していただきたいものです。
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酔石亭主

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