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江の島道あれこれ

日々の雑感
12 /05 2010

江の島道近くにある病院でのお見舞いついでに、またこの辺りを歩いてみました。江の島道は東海道藤沢宿から分岐し片瀬山に沿って江の島に向かうのですが、緩やかなカーブを描く道は江戸の面影をかすかに残し、歴史を感じさせるものがあります。江の島道に関しては以下Wikipediaより引用します。

江の島道(えのしまみち)は旧藤沢宿から龍口を経て江の島に至る旧道。また鎌倉街道を小袋谷から分岐し龍口を経て江の島にいたる旧道も江の島道と呼ばれた。いずれの旧道も江の島へ向かう遊山客や地域住民の生活路としてにぎわい、多くの寺社・旧家が立ち並んでいたが、明治時代以降になると鉄道・新道の開通によって廃れていった。現在では要所要所に残されている道標などが往時の姿をしのばせている。この道標の中には江の島と深い縁を持つ杉山検校が建てたものが多い。


道沿いには、数多くの庚申塔、青面金剛、馬頭観音、江の島道道標などが見られます。

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青面金剛です。

青面金剛は中国の道教思想に由来しており、像の足下には「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿がほぼ間違いなく見られます。面白いのは、秦氏が青面金剛を一族の守り本尊としていることです。秦氏は様々な宗教要素を自分の中に取り込んでいますが、青面金剛は彼らが道教的要素をも取り込んでいることを証明するものなのです。

秦氏の謎を支える猿田彦。そして「見ざる、言わざる、聞かざる」。これらの中に、秦氏の仕掛けの本質が見事に暗示されています。詳しくは一連の謎解きシリーズをご参照ください。

なお秦氏と青面金剛との関係は、以下のごとく八坂庚申塔(金剛寺)創建縁起の中に見られます。

当山は、大阪四天王寺庚申堂・東京入谷の庚申堂(今は廃寺となっている)と並ぶ日本三大庚申堂の一つで、本尊・青面金剛は、飛鳥時代に中国大陸から渡来した秦河勝により秦氏の守り本尊として祀られたもの。平安時代、当代随一の験者であった浄蔵貴所が、すべての人々がお詣りできるようにと八坂の地に当時を建てた。今から約千年以上も前のことである。現在の本堂は、江戸時代・延宝6年(1679)の再建。


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江の島道道標。

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道標解説板。

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馬頭観世音、庚申塔。

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本連寺の多宝塔。

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本連寺の千両。

本連寺を訪問した日は、樹齢1000年ともされる二本のイチョウの木を職人さんが剪定していました。木のてっぺん近くで作業されており、下を歩く際は枝が落ちてこないかちょっと心配でした。  いずれにしても大変気を使う作業だったと思います。このお寺はいつもきれいに掃き清められており、境内はすがすがしい雰囲気に包まれています。

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西行戻り松

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解説板。

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伝元使塚。常立寺の境内にあります。

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伝元使塚解説板。

解説板にあるように、建治元年(1275年)、降伏を勧告する元の使いが北条時宗の命で龍の口において斬首されました。この塔は彼らを供養する五輪塔と伝えられています。敵のしかも処刑した使者を、700年以上も手厚く供養している日本人の心には、他に類を見ないものがありますね。 なお背後の供養塔は大正14年(1925年)に建立されています。

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寛文庚申供養塔です。

舟底型の庚申塔は17世紀のもので、寛文年間(1661年~1673年)に造立され天保13年に修理されたものです。

ご紹介した塔・道標などは片瀬小学校から常立寺までの間にあります。特に場所は記しませんが、ここでご紹介しなかったものも含め簡単に見つかりますので、ゆっくり歩いて見てください。

藤沢駅からスタートする場合の行程としては、まず川名の御霊神社と横穴墳墓のある谷戸を巡ったらいかがでしょう。続いて新林公園に行き、古民家や横穴を見て、体力のある方は裏山の短いハイキングコースを歩き、その上で江の島道沿いに南に向けて歩き始めます。

途中岩屋不動尊に立ち寄り、上諏訪神社、諏訪神社、本連寺、常立寺、龍口寺などを訪問。道沿いには懸け造りの民家や庚申塔、道標があるので、それらを探索しつつ、江ノ島まで足を延ばします。そうすれば、酔石亭主が取り上げた様々な謎解きも含めて、古代から江戸時代に至る数多くの歴史や谷戸の自然を堪能することができますよ。なお、ルートの詳細は以下の藤沢市のホームページなどをご参照ください。

http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/manabi/bunzai/katase.html

http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/syonanac/toiawase/kikaku/oyama_enosima/09_travel06_katase.pdf
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酔石亭主

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