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建物探訪

建物探訪
02 /01 2011

湘南海岸石の探石が終わってから、国府津の街を散策しました。電線は地中化され高層の建物などないので、歩いていても圧迫感はありません。道の左右には、出桁造りや看板建築の商家が残存し、国府津が商業面でも繁栄していたことを示しています。ただ数は年々減少し、絶滅危惧建築に近いかも。適切な保護が必要ですが、自治体も予算不足ですから財政面から厳しいと思われます。こうした古い建物があるのは、国道1号線に沿って200m程度の範囲内となります。

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看板建築のお店です。

現在もお店として使用されています。この一軒だけは国道1号線側ではなく、国府津駅から1号線に向かう道路側が開口部となっています。

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もう1枚。この商家も壁の塗り直しなど手入れがなされているようです。

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神田屋商店。園芸用品を商っているようです。

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こちらは無住でしょうか。

看板建築に関しては以下Wikipediaより引用します。

典型的なものは木造2階建ての店舗兼住宅で、屋根裏部屋を造り、建物前面を平坦として(軒を前面に出さない)モルタルや銅板で仕上げて装飾をつける。ちょうど看板のような平坦な壁を利用して、自由なデザインが試みられたため、看板建築と命名された。


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出桁造の商家群です。

これらは江戸期以降の伝統的商家建築で、道路側に軒を出し、軒を支えるための桁を軒下に出しています。国府津散策を終え駅に向かいます。

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国府津駅の駅舎です。

駅の表示板がなければ病院と間違えそうです。国府津駅は古い歴史を持った駅です。以下Wikipediaより引用します。

1887年(明治20年)、初代横浜駅(1915年以降は桜木町駅)から当駅までの鉄道路線の開通に伴い、国府津駅は開業した。2年後の1889年(明治22年)には、当駅から御殿場駅・沼津駅を経て静岡駅までが開通したが、国府津駅から御殿場駅までの区間は勾配がきついため列車を後押しする機関車を連結することとなり、当駅は機関車の基地として重要な役割を有することとなった。


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駅のプラットフォーム。

ちょうど国府津駅発の列車が待っていました。次回の探石では古潭系の良石を揚げたいと思います。(まず無理でしょうけど…)
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酔石亭主

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