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トヨタ車の急加速問題に思うこと

日々の雑感
02 /12 2011

ちょうど1年前の今頃でした。米国において、トヨタ車が急加速するのは電子制御システムの欠陥ではないかとされ、トヨタ米販売子会社の社長や、本社の豊田社長が議会の公聴会において徹底的に糾弾されたのです。

出席した議員たちは異常なほど執拗に質問を浴びせかけました。Yes or noで答えろと無遠慮に追い詰める彼らの口ぶりは、今でも耳に残っています。会場では「恥を知れ、トヨタ」と怒号も飛び交いました。遂には、公正に問題を扱うべき運輸長官までもトヨタ車には乗らないようにと勧める始末です。

これらはマスコミも含め当時の関係者が、一種の集団ヒステリー状態にあったことを示していますが、彼らの行為は恥ずべきリンチです。

電子制御システムに欠陥がないと証明されてから、米運輸長官はトヨタ車を買うべきだと娘に勧めています。それを話す長官の顔は、明らかに過去の誤った発言の埋め合わせという雰囲気を漂わせていました。あの時は辛く当たってごめんね、と言っているのです。

トヨタは、運輸長官や公聴会で喚いた議員、あれこれ真実とは異なる証言をした人間、調査会社などに巨額の損害賠償を請求すべきです。映像が残っていますから、誰が何を発言したか全部特定できますし…。

でも、なぜあんなことになってトヨタだけが血祭りに上げられたのでしょう。GMが潰れそうになり、また中間選挙も控えていたからああなったとの解説もありますが、それだけでしょうか?

この問題の深源を探るため、公聴会の数カ月前に遡りましょう。2009年11月のことですが、東京でルーピー、オバマ会談が行われました。そこでルーピー氏は「トラストミー」と言い、翌日にはその言葉とは反する発言をして、米国側に強い不信感を抱かせたのです。その後も続く妄言と迷走に、米国はルーピー氏をまともな交渉相手・同盟国のトップとは見做さなくなりました。

トヨタバッシングはそうした状況下で発生しました。米国議会の姿勢とルーピー氏の言動はリンクしていると考えざるを得ません。そして、2010年4月14日付ワシントン・ポスト紙のコラム記事において彼はルーピーだとぼろくそに酷評されたのです。

これが仮にブッシュ大統領、小泉首相の時代であればどうだったでしょう?トップ同士が厚い信頼関係で結ばれている状況下、一介の運輸長官があのような発言をするでしょうか?それ以前にここまで議会で取り上げられるでしょうか?

急加速問題が当時起きていたとしても、二国間の関係が強固だった小泉首相時代であれば扱いはずっと小さくなっていたはずです。たとえ米国がGM問題を抱え、また中間選挙があるとしても、大統領からあまりいじめるなと指示があれば、あそこまで炎上するはずがないのです。

ここで問題を時系列的に見ていきましょう。

2009年11月13日:東京での日米首脳会談。普天間基地問題でルーピー氏が「トラストミー」と発言。
2009年11月14日:ルーピー氏が辺野古案を否定するような発言。以降迷走と妄言を続け米国との間に大きな溝ができる。
2010年2月23日:豊田社長出席の公聴会。
2010年4月14日:ワシントン・ポスト紙のコラムにルーピーと書かれる。
2010年6月2日:国民が徐々に聞く耳を持たなくなったと言ってルーピー氏が辞任表明。
2011年2月8日:米運輸省が電子制御システムに問題ないと最終報告。

米国がルーピー氏を見限ったのとトヨタ車問題が連動していると良く理解できます。歴史の謎解きにおいても、ある事件が起きた場合その背景に何があるかを見ていくと真相に至りやすいのですが、トヨタ車の場合も同じと言えましょう。

トヨタ車の急加速問題、それはルーピー氏の妄言・迷走がトヨタにもたらした災厄でした。日本のマスコミは取り上げなかった(多分)と思いますが、ワシントン・ポスト紙のコラムの終わりの方には、Still buy Toyotas and such?(それでもトヨタを買えというの?)と明確にルーピー氏と関連付けて書かれているのです。

結果、トヨタはリコール関連で4000億円という途方もない金額を負担せざるを得なくなりました。ルーピー氏がいなければその十分の一で済んだかもしれません。トップが暗愚だと、国民も企業もとんでもない被害を受ける悲しい例の一つだと思います。もちろん当の本人は、責任の一端(いや相当部分)が自分にあるなど想像すらしていないのでしょうが…。本当に、百害あって一利なしとは、この人のためにあるような言葉ですね。

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酔石亭主

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