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鎌倉・藤沢の義経伝説 その18 (義経の首塚)


今回はいよいよ義経の首塚を探索します。位置関係を見るため再々度案内板を掲載しました。

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案内板。

白旗交差点から国道467号線を白旗神社に向かうと、中間点に妙善寺へと向かう道があります。この部分を拡大します。

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拡大案内板。

白旗横町町内会館が首洗い井戸の北にありました。首洗い井戸の案内板によると、井戸の北40mの地点に首塚があることになります。しかし会館までだと40m以上になってしまい、妙善寺への道の南側に塚があったと推定されます。探すのが難しいので、山本半峯著「白旗横町の今昔」を開いてみました。すると…。

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明治10年時点における白旗横町の地図が…。

何と地図の中に義経首塚道と表示されています。ただ地図に違和感を覚えました。理由は簡単。北が下側になっていたのです。

位置関係を見やすくするため、ひっくり返して北を上にしました。このため文字が逆さになっています。

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北を上にした地図。

上から順に白旗神社、白旗川とあり、妙善寺方面とあります。その下に八百屋さんでしょうか八百徳とあり、そのすぐ下が義経首塚道です。しかし首塚の位置は示されていません。

地図を見ていくと、その下が山本松五郎商店倉庫、お仮屋、米穀肥糧商高梨商店と続いています。これを参考にして現在の状況から首塚の位置が割り出せそうです。

と言うことで、現場に向かいましょう。なお、お仮屋は祭礼の際に使用される仮のお宮を意味しています。宮司さんが宿泊し、神輿がここから繰り出していくのです。

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白旗交差点から北上します。

写真は交差点から白旗神社を撮影したもの。この範囲の右手に義経の首塚があるのです。

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通りにあるお店の写真。

何と高梨商店が現在も営業しています。その隣が林農器具店。そのまた隣の比較的大きなビルが山本ビルとなります。

とすると…。高梨商店の位置からして、現在の山本ビルがお仮屋と山本松五郎商店に当たると理解できます。だんだん義経首塚道が近くなってきました。

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山本ビルの角。小さな路地らしきものが見えます。

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山本ビルとクリーニング大光舎の間の路地。

遂に発見しました。この路地がかつての義経首塚道に間違いありません。しかし…。

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路地の全体像です。

ご覧のように、路地の先は行き止まりになっていました。山本ビルの表示も画像右側の壁面に見えます。残念ながら、路地は小規模なマンションに遮られているようです。マンションを見るには妙善寺方面の道に行くしかありません。

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妙善寺への道の入口と義経首塚への路地。

妙善寺方面へ歩を進めます。すると白旗横町町内会館があり、その前に鳥居が…。

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白旗横町会館と鳥居。これが現在のお仮屋的役割を持っているのでしょう。

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内部には神輿があります。

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二階には社もありました。

さらに妙善寺方面に進むと、義経首塚道の奥に見えたマンションが…。

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イトービルとあります。その先は…。

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イトービルのマンションと、より大きなマンション(コスモ藤沢グランソル)があります。

二つのマンションの間には比較的大きな木が一本見えます。この木の辺りに向けて義経首塚道が延びているはずですが…、はっきりしません。そこで、電子国土画像にてチェックします。義経首洗い井戸の北に線を伸ばし、義経首塚道と交わる地点、そこが首塚になるはずです。

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電子国土画像。

赤丸の右側建物と接する位置が首洗い井戸です。その北約40mの義経首塚道と交わる地点がほぼ十字の中心となります。つまりイトービルの下に義経首塚があったことになります。
位置は北緯35度20分54.83秒、東経139度28分44.37秒。若干の誤差を見込んでも、この直径数mの範囲内に間違いなく義経の首塚があったのです。


大きな地図で見る
グーグル画像で見ると…。

大きな木の向うのお部屋の下辺りが首塚でした。マンション住人はご存知なのでしょうか?知っていてここに入居されたとしたら、とても豪胆なお方です。

大変残念ですが、首塚はイトービルの下となり現存していません。ビル建設の基礎工事の際、敷地を掘り下げるでしょうから、首は土砂とともにダンプに乗せられどこかに廃棄されたか埋め立てなどに再利用されているはずです。

白旗神社で長きにわたって神として祀られている義経の最も重要な遺跡が、このような扱いを受けていたとは信じ難いのですが、今となってはいかんともしがたい状態です。

首塚は明治以降様々な経緯を経て現在の状況になりました。ただ、その経緯は長くなるので省きます。興味のある方は藤沢文書館で「白旗横町の今昔」をご覧ください。係りの方にお願いすれば、すぐに取り出していただけます。

マンションの下となってしまった義経の首塚。将来マンション側の合意を得て、大きな木の下に首塚の碑を建てるべきと思います。いずれにしても、今までの検討結果からすれば、義経は衣川で自害して首は白旗の地に埋葬されたと見て間違いなさそうです。

           ―鎌倉・藤沢の義経伝説 その19に続く―

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