FC2ブログ

秦さんはどこにいる? その5


今日は和歌山県と奈良県の秦姓を見ていきます。

和歌山県:全体で僅か34人。和歌山市15人。有田市12人。
奈良県:全体で75人。奈良市16人。生駒郡斑鳩町13人。磯城郡田原本町11人。橿原市11人。

和歌山県の新宮市は徐福系秦氏の拠点でした。ここから彼らは船で愛知県の東三河に向かったものと想定されます。にもかかわらず、新宮市の秦姓はゼロです。秦から転じた羽田姓が多い可能性もあり調べたのですが、和歌山県全体でたったの6人しか居られません。不可解ですね。

なお富士古文書によれば、富士山麓に定着した徐福は二男の福万に熊野開拓を命じています。新宮市の新宮は、彼が熊野に戻り、富士山麓が本宮、熊野が新宮となったことに由来しているとか。

徐福の指示が地名の由来となっているのですから、やはり彼らは日本に渡来していたのかも…。
しかし、神倉山にあった元宮に対して現在の社殿を新宮とも呼ぶことからすると、この説が正しいか疑問はあります。


大きな地図で見る
新宮市を示すグーグル地図画像。

さすがに徐福だの蓬莱だの徐福関連の地名が多い。阿須賀神社境内には徐福の宮があり、新宮駅から東100mの徐福公園内には秦徐福と彫られた墓もあります。(但し江戸時代に建立されたもの)阿須賀神社の背後が蓬莱山で、徐福との関連が窺えます。神社は本来蓬莱山を神体山として祀る祭祀場だったのでしょう。報道によれば台風12号の被害が甚大だったようで、心配です。

12人の秦姓が居られる有田市には、日本最古とされる糸賀稲荷があって秦氏の創建とされています。また会社では秦義幸税理士事務所がありました。なお海南市に蓬莱姓の方が6人おられます。これも徐福関連でしょうか?和歌山県で上記以外には白浜町が5人。それ以外の地域はほとんどがゼロです。

次が奈良県です。奈良県田原本町には秦庄があって、秦氏の拠点でした。

ここには秦川勝が創建した秦楽寺があります。聖徳太子、秦川勝、空海と秦氏関連の最重要人物が勢揃いのお寺ですから凄いですね。関東にこんな場所はありません。秦楽寺に関しては以下Wikipediaより引用します。

門は珍しい中国風の白色が美しい土蔵門である。本尊は平安時代作の千手観音。本尊の向かって右に聖徳太子像、左に秦河勝像を安置する。秦河勝像の台座には明暦元年(1655年)9月14日と多武峯住 藤室法印良盛の銘がある。…中略…
寺伝では、大化3年(647年)、百済王から贈られ、聖徳太子から秦河勝に下賜された観音を当地に安置したことにはじまるという。聖徳太子が、斑鳩から都に通った道であると伝えられる筋違道(太子道)は、寺の少し北を通過し、近い。…中略…
古来より、付近は秦氏の居住地で、雅楽の楽人や猿楽にも関係する人たちが居た。門前にある寺の説明板には、「秦楽とは、秦の楽人である」とある。「風姿花伝」には、当寺の前に金春屋敷があったと記されている。また、世阿弥は秦河勝の後裔を自認し、秦元清と自署しており、近辺の出身らしい。…中略…
境内の南東には、春日神社と笠縫神社が並んであり、特に笠縫神社は笠縫邑の候補地の一つとされている。神仏分離令以前に見られた様な神社の中の神宮寺ではなく、寺の中に神社がある。

笠縫邑に関しても以下Wikipediaより引用します。

笠縫邑(かさぬいむら、かさぬいのむら)とは、崇神天皇6年に、宮中に奉祀していた天照大神を移し、豊鍬入姫命に託して祀らせた場所。同時に宮中を出された倭大国魂神は渟名城入媛命に託して、後に大和神社に祀った、とされる。 笠縫邑は大嘗祭、豊明節会の起源に関係する土地との説もある。

秦楽寺の境内にある笠縫神社は、宮中を出たアマテラスが最初に祀られた地で、元伊勢第一号とされています。


大きな地図で見る
秦庄と秦楽寺を示すグーグル地図画像。

元伊勢とはアマテラスが伊勢神宮に鎮座する前に一時的に祀られた場所です。アマテラスは崇神天皇の時代まで宮中で祀られていたのですが、それに耐えられない崇神天皇は皇女豊鋤入姫命にアマテラスを託して笠縫邑に移したのが最初とされます。その後各地(主に秦氏の支配地域)を転々として、80年後に伊勢の地に鎮座しました。

秦氏とアマテラスの関係を示す極めて重要な場所にしては、秦姓が11人と少ないように思えます。しかし田原本町の人口は3万2千人ですから、藤沢市に当てはめれば130人以上に相当し、非常に多いとも言えそうです。

斑鳩町は聖徳太子と秦氏の関係から人数が多いものと思われます。法隆寺の裏には松尾山があり、中腹の松尾寺は天武天皇の皇子舎人親王が、養老2年(718年)に建立したとされます。


大きな地図で見る
法隆寺と松尾山を示すグーグル地図画像。

松尾と言えば秦氏地名で、京都には秦氏系の松尾大社があります。秦氏と松尾は密接に結び付き、両者の関係は次回「その6」でもご紹介予定。法隆寺と松尾山からは、聖徳太子とその裏を固める秦氏の構図が目に見えるようです。

スポンサーサイト



プロフィール

酔石亭主

Author:酔石亭主
FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
08 | 2011/09 | 10
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新コメント
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる