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大野町あれこれ


昨日は大野町の土岐石(もどき)についてアップしました。折角大野町に来たのですから、あれこれ見ていきたいと思います。大野町と言えば、日本最古の海水浴場があることで有名です。Wikipediaには簡単にしか書かれていませんが…。

大野町(おおのまち)は、愛知県知多郡にかつて存在した町。現在の常滑市北部に該当する。伊勢湾沿いの町であり、大野海水浴場は古くからの潮湯治の場であり、一説では日本最古の海水浴場という。

日本最古の海水浴場とされる根拠は、承元4年(1210年)あるいは建暦2年(1211年)、順徳天皇伊勢神宮参拝の折、同行した鴨長明が大野で潮湯治をしたことによります。そして詠んだ句が、「生魚の御あへもきよし酒もよし 大野のゆあみ日数かさねむ」(長明和歌集)だとか。大正時代の大野海水浴場には、「世界最古海水浴場」と書かれた巨大な看板が立てられていました。

なお「長明和歌集」は養和元年(1181年)頃の編集とされ、鴨長明が大野に行ったのは応保2年(1162年)との説もありはっきりしません。ただ、長明の生誕年は久寿2年(1155年)なので、1162年とするには無理があると思われます。

年代はともかく、「大野のゆあみ」を海水浴と解すれば、大野町は日本における海水浴の記述が初めて出た町となるのですが…。(和歌の内容だけで最古の海水浴場かどうかは判断できない)

「大野のゆあみ」は本当に海水浴を意味するのでしょうか?また、大野町は日本最古の海水浴場と断定していいのでしょうか?「もっと古い海水浴場があるんじゃないか」と思いつつ、酔石亭主の悪い癖で色々調べてみました。すると、幾つか出てきました。

例えば詞花和歌集に、
播磨守侍りけるとき、三月ばかりに、船よりのぼり侍りけるに、津の国に山路というところに、参議為通朝臣、塩湯浴みて侍る、と聞きてつかはしける 

ながゐすな都の花も咲きぬらん我もなにゆゑいそぐ舟出ぞ
」とあります。

これは、平忠盛(平清盛の父)が播磨守に就任中(在任期間は1145年から1151年)に詠んだもので、この場合塩湯浴みとは塩分の濃い温泉を浴びる、または海水を煮た湯を浴びることを意味しています。つまり海水浴ではないのです。(津の国は摂津国です)

上記内容から判断すると、鴨長明は大野で海水浴をしなかった、海水を煮て浴びた、あるいは塩分を含む冷泉を加熱して浴びたと考えても筋は通ります。大野町では塩分濃度の高い湧水が湧き出していますので、その可能性は否定できません。

逆に、もし詞花和歌集の塩湯浴みが海水浴だったとしたら、大野町は日本において最初に文献に載った海水浴場ではないことになります。

海水浴と思われる例では、後拾遺和歌集に、
播磨の明石といふところに潮浴みにまかりて月のあかゝりける夜中宮の臺盤所に奉り侍りける 

覺つかな都の空やいかならむ今夜あかしの月を見るにも
」(中納言資綱)などと歌われたものがあります。

後拾遺和歌集の成立は応徳3年(1086年)ですから、どう考えても文献・史料としてはこちらの方が古いことになります。

以上から大野町が日本最古の海水浴場と言う説は返上した方がいいような気がするのですが…。(大野町の皆さん、もしこの記事を読んでいたらごめんなさい)

次に最近有名なのが、NHKの大河ドラマ「お江 女たちの戦国」の主人公である「お江」さんです。お江が最初に嫁いだのは尾張大野城主「佐治一成」でした。もっとも、一成は徳川に味方したので、秀吉はお江をすぐに離縁させます。

佐治一成はどのような人物かと言うと、土岐石もどきが沢山あった斎年寺の解説板に詳しい記載があります。

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解説板。

あまりにも長く画像では内容を読み取れません。佐治氏の先祖は桓武天皇に始まり、葛原親王、高見王、平高望と続くとありますので、桓武平氏の流れとなります。やや、眉唾的ではありますが…。その後はややこしいので飛ばして、佐治氏4代目が佐治一成になります。

斎年寺になぜとても長い佐治氏の解説板があるのかと言うと、ここが佐治家4代の位牌所だからです。

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斎年寺の由緒を示す解説板。これも長いですね。

土岐石もどきを拾った海岸近くに内宮御祭宮社が鎮座しています。内宮と言うからには天照大神が祭神なのでしょう。ちょっと立ち寄ってみます。すると…。

その社を守るかのように、犬が一匹堤防の上にいました。生きた狛犬でしょうか?

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犬です。

リードは付いていますが、ご主人は居られません。逃げてきたにしては、悠然と構えています。

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もう1枚。

しばし待つと犬の姿も消えたので神社に向かいます。

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内宮御祭宮社。

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解説板。

現在は小さな境内ですが、創建は垂仁天皇25年と古く、往時は何と3万7千坪もあったとか。しかも驚いたことに、この神社は天照大神を奉じる倭姫命が流浪中に立ち寄った「元伊勢」だそうです。元伊勢の解説板も撮影したのですが、なぜかピンボケになり掲載できません。倭姫命が天照大神を奉じてこの地に3ヶ月止まり、その後伊勢の地に遷した云々とあります。次回も大野町について書く予定です。
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