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富士山麓の秦氏 その13

富士山麓の秦氏
11 /22 2011

福源寺のすぐ近くにあるのが福地八幡宮です。場所は「その12」のグーグル地図画像を参照ください。福地の名前から徐福の関連とすぐに連想されます。

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福地八幡宮です。

福源寺に近いことから、何らかの関係が過去にあったのかもしれません。ただ、実際には北口本宮富士浅間神社の摂社で古くは渡辺大明神社と呼ばれていたとか。

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扁額。

福地八幡宮よりずっと大きく渡辺大明神と書かれています。渡辺姓は下吉田における最大のイッケシ(一家衆)集団で、その統合の象徴が福地八幡宮だったのです。最大になった理由は、外部からの移住者も取り込んでいったからとされています。でも、どうして渡辺姓が福地八幡宮を重視するのかよくわかりません。たまたま、下吉田における渡辺姓の始祖が八幡宮近くに居住していたのでしょうか?解説板があるのでチェックしてみます。

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解説板です。

八幡宮の祭神の中に渡辺綱が入っていました。正式名は源綱。彼は平安中期の武将で、源氏物語における光源氏のモデル嵯峨源氏の源融の子孫、大江山の鬼退治で有名です。それが、どう下吉田の渡辺姓と繋がるのかは不明です。多分、渡辺綱を先祖とする伝承があるのでしょう。次に御由緒を見てみます。

往古は軽島大神宮と申し誉田別天皇即位五年七月阿田津山の日向に祭り給ふ崇神天皇即位二年六月厩戸皇子(聖徳太子)は勅命によって再建し給ふ之より寒川大明神と改称文武天皇大宝元年勅命によって当社を福地大明神と改称し給ふ …以下略

(注:由緒中崇神天皇とあるのは、崇峻天皇の誤りと思われる)

この解説文で2点重要な内容があります。福地八幡宮と言うからには当然大山祇命が祭神としているはずなのに見当たりません。その代わりに寒川彦命となっています。聖徳太子以降は寒川彦大明神となったようです。この解説板の記述から寒川彦命=大山祇命と理解されます。よって、相模国の寒川神社に祀られている寒川比古命は大山祇命であり徐福であるとほぼ断定できます。

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寒川神社。

では、八幡宮の元の鎮座場所はどこでしょう?具体的地名としては阿田津山の日向があります。しかしこの場所は確かめようがなく、所在地不明です。もっと調べれば分かるかもしれませんが…。

福地八幡宮の解説文によると、往古は軽島大神宮と称したようです。長慶天皇の陵墓地が大明見の軽島森小峯山にあるとのことで、その地には天照大神の石碑もあるそうです。両方の軽島が同じ土地を意味するなら、福地八幡宮の前身は大明見にあったことになります。

ただ軽島森小峯山の場所が特定できません。大明見の範囲は狭いので背戸山の尾根のどこかしか可能性はなさそうですが…。唯一想定できる場所は小明見側の三峯神社辺りでしょうか。三峯神社は背戸山の尾根から小尾根が張り出した場所にあるので、小峯山と称するにふさわしそうに思えるからです。


大きな地図で見る
三峯神社の尾根を示すグーグル画像。

一方で応神天皇は都を軽島豊明宮に営んだとされています。応神天皇は誉田別尊(ほむたわけのみこと)であり、福地八幡宮の祭神になっています。八幡神は応神天皇ともされますし、軽島が応神天皇にちなんでいる可能性もありそうです。

八幡神と応神天皇の関係は以下Wikipediaより引用します。

現在の神道では、八幡神は応神天皇(誉田別命)の神霊で、欽明天皇32年(571年)に初めて宇佐の地に示顕したとされる。また応神天皇(誉田別命)を主神として、比売神、神功皇后を合わせて八幡三神として祀っている。
八幡神を応神天皇とした記述は「古事記」や「日本書紀」「続日本紀」にはみられず、八幡神の由来は応神天皇とは無関係であった。「東大寺要録」や「住吉大社神代記」に八幡神を応神天皇とする記述が登場することから、奈良時代から平安時代にかけて応神天皇が八幡神と習合し始めたと推定される。

あれこれ可能性を考えましたが、元の鎮座場所は不明とするしかなさそうです。そう結論付けて福地八幡宮を後にします。

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富士吉田市内から見た富士山。

建物と比較するので大きさが際立って見えます。圧迫感さえ感じられました。地元の方はどう受け止めておられるのでしょう?やはり富士山は湖越しに眺めるのが良さそうです…。

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全天に伸びるかのような飛行機雲。

明見地区を除く富士吉田市内は以上で終了です。

               ―富士山麓の秦氏 その14に続く―
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酔石亭主

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