FC2ブログ

富士山麓の秦氏 その21

富士山麓の秦氏
12 /02 2011

ようやく大明見地区を見終わりました。富士高天ヶ原王朝所在地である阿祖谷の位置特定もできて収穫は大きかったと思います。今回からは小明見地区を見て回ります。

古屋川に沿って下り明見第一駐在所の信号を右折すると、背戸山の尾根の先端部手前がトンネルとなっており、抜けるともう小明見です。


大きな地図で見る
一帯を示すグーグル画像。

トンネルを抜けてすぐに三峯神社がありました。

101_convert_20111201095007.jpg
三峯神社。

由緒は不明です。基本的に三峯神社は、日本武尊が伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)を祀ったのが始まりです。だとすれば、この三峯神社も富士山麓に多くの足跡を残した日本武尊に関連するのでしょう。

103_convert_20111201095031.jpg
小明見の光景です。こちらも大明見同様のどかですね。

102_convert_20111201095103.jpg
もう一枚。

次に明見湖に向かいます。富士山周辺の湖に関して、一般には富士五湖(山中湖、河口湖、西湖、精進湖、本栖湖)と呼ばれていますが、かつては、富士八湖と呼ばれ、富士五湖に四尾連湖、明見湖、駿河の浮島沼が加えられていました。浮島沼は徐々に干上がり、仙瑞(泉瑞)に取って代わられます。

明見湖は徐福の時代(紀元前200年ごろ)はもっと大きかったようで、湖の周囲も富士高天ヶ原王朝に関連しています。明見湖は背戸山の尾根の北に位置します。グーグル画像を拡大して参照ください。

105_convert_20111201095127.jpg
明見湖です。現在はこじんまりした池のように見えます。

106_convert_20111201095151.jpg
明見湖の解説板。

湖の周囲には神社があります。まず明見之龍神社。

107_convert_20111201095219.jpg
明見之龍神社です。

明見湖に棲む龍神「明見之龍神」を祀ったのが、「明見之龍神社」とされています。現在建て替え中のようで、コンクリの基礎と社名を書いた木札以外何もありません。

次が、明見湖から少し坂を上がったとことにある徐福雨乞地蔵祠です。

104_convert_20111201095247.jpg
徐福雨乞地蔵祠。

徐福像は新しそうで、調べてみると1997年に建てられたものとか。徐福の遺跡と言えるようなものではありません。どうもここまで見た限りでは大した痕跡はなさそうです。小明見で最も注目されるのは、麻呂山です。ここには富士高天ヶ原七廟の一つ麻呂山の神廟があった場所と思われ、天照大神が祀られています。

つまり麻呂山は、阿祖山太神宮に匹敵する富士高天ヶ原王朝の聖地とも言えるのです。場所を地図で確認してみましょう。


大きな地図で見る
グーグル地図画像。

小高い丘のように見えますね。平和宮殿などと言う妙な名前の建物があり、その脇に石段があって山頂とおぼしき場所の建物が天照皇大神となっています。神社名は太神社です。小明見全体も狭い場所なので、車ですぐに到着します。道はやや狭いですが、問題はないでしょう。

114_convert_20111201095318.jpg
麻呂山です。古墳のような感じもします。

113_convert_20111201095347.jpg
石段を見るとまたも三宝法団でした。

108_convert_20111201095428.jpg
急な石段の先に小さな社です。これが太神社でしょうか。社を参拝し、さほど広くもない山頂を少し歩きます。

111_convert_20111201095458.jpg
山頂部に巨大な石碑が。

新しく立てられた碑で、三宝法団と彫られています。石碑の一つが「邪馬台国アラハバキ」とは一体何なのか皆目見当もつきません。無視します。

さて、徐福はBC208年の死んだとされ、中室の麻呂山に、つまりこの場所に埋葬されたそうです。そして、大山守皇子がここに徐福の祠を建てたとされているのです。祠は探すまでもなく簡単に見つかりました。

110_convert_20111202064342.jpg
徐福祠です。

さすがに立派な石祠です。しかし、後世のものでしょう。この種の石祠が多く建てられたのは江戸時代で、古くても鎌倉時代までと思われます。徐福祠は、江戸中期頃に建立されたと推定できます。

109_convert_20111201095522.jpg
隣に大きな石碑がありました。

第六天魔王と彫られているようです。

山中湖平野の平野屋には魔王様神社があって徐福が祀られているとの未確認情報があります。第六天魔王の石碑は、その関連とも思われます。

第六天魔王に関しては以下Wikipediaより引用します。

天魔(てんま)とは第六天魔王波旬(はじゅん=悪魔)のこと、仏道修行を妨げている魔のことである。天子魔(てんしま)・他化自在天(たけじざいてん)・第六天魔王(あるいは単に魔王)ともいう。あるいは天魔の配下の神霊(魔縁参照)のこと。


太神社は天照大神を祀っているのですが、この神は通常女神です。ところが地図画像の表記は天照皇大神。男神のような書き方と思えませんか?実は、富士古文書によると富士高天ヶ原七神廟を造ったのは男神の天照大神とされているのです。地図画像にそれが反映されているとすれば、なかなかのものです。いずれにしても、天照大神を祀る麻呂山の神廟は七廟のうちで最も古く由緒あるものでした。

112_convert_20111201095553.jpg
崩壊したと思われる石祠。これが何であったのか知りたいところです。

現在の形はどうであれ、富士高天ヶ原七神廟の一つが残っているのなら、具体的裏付けがあることになります。言い換えれば、「富士古文書」は100%偽書であると断定できないのです。書かれた内容が神話的であっても、書いた人たちの歴史まで否定する姿勢は正しくないと思われます。

               ―富士山麓の秦氏 その22に続く―
スポンサーサイト



酔石亭主

FC2ブログへようこそ!