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藤沢歴史散歩 その1

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03 /28 2012

寒い冬も終わり、ようやく暖かい季節がやって来たような今日この頃です。日も長くなっているので、陽気に誘われてあちこち散歩したくなりますね。藤沢には江の島や湘南海岸などの有名観光地はあるものの、歴史散歩に向いた場所などなさそうに思えます。ところがおっとどっこい、実は結構面白い場所があるのです。

もちろん江の島には記事カテゴリ「ワンダーアイランド江の島の謎を解く」で書いたような奥深い歴史と謎があります。けれども今回は、そうしたメジャーな場所ではなく、藤沢市のPRも兼ねて隠れた歴史を持つ地域をご紹介したいと思います。実際には、既に過去記事で何度か書いているエリアです…。

歴史散歩の場所は藤沢本町の周辺地域。藤沢市内の方ならチャリンコが最も便利ですが、今回は電車利用の方を想定して書くこととします。最寄り駅は小田急線の藤沢本町駅で、この駅から徒歩で行ける範囲内となります。


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グーグル地図画像。

なぜ本町周辺が最も興味深いかと言うと、謎めいた部分が多く、隠れた歴史が重層しているからです。

「富士山麓の秦氏」で詳しく書きましたが、800年の富士山大噴火の後、山麓に居住していた秦氏や徐福子孫は桂川に沿って移動を開始、現在の寒川や秦野に移住しました。彼らの一部はその後も移動し藤沢に至ったと思われるのです。つまり藤沢本町に周辺で最初に見るべきは秦氏と徐福の痕跡です。年代は800年初頭以降になります。

次は、鎌倉権五郎景政が伊勢神宮に自領(藤沢市一帯)を寄進した大庭御厨に関連するものです。大庭御厨は1104年頃に景政が上記地域を開発し、永久5年(1117年)に伊勢神宮に寄進したことで成立しました。従って、年代的には秦氏関連からおよそ300年後になります。

最後が源義経に関連する歴史です。彼が亡くなったのは文治5年(1189年)となりますので、大庭御厨成立から70年あまり後のことになります。

藤沢本町周辺の丘陵地帯では縄文時代の住居跡などが発掘され、藤沢市内だけで250以上の遺跡が確認されました。ただこれらは有史以前の話なので取り上げません。

以上、三つの面白い歴史が重層しているにもかかわらず、ほとんど知られていない場所が藤沢本町周辺エリアなのです。ここで取り上げる場所は一般的な観光地ではありません。よって、かすかな痕跡の中から過去の歴史を幻視していただくことになります。歴史探索の本当の醍醐味はそこにあるのです。

見所がなくてつまらないと言う方は、藤沢ではなく鎌倉の鶴岡八幡宮や大仏など定番の観光地に行かれるべきと思います。(もちろん鶴岡八幡宮や大仏にも、既に書いたように奥深い謎があります)

なお、今後数回にわたって書いていきますが、実際には場所的な重複もあり一日で見て回れると想定しています。

                 ―藤沢歴史散歩 その2に続く―
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酔石亭主

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