大磯・高麗山の秦氏 その6


楊谷寺横穴群に向かって下って行くと道が分岐しています。この分岐点にも案内柱が立っていますので、道を間違えることはないでしょう。

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分岐点の案内柱。

そのまま下って行くと…、ありました。楊谷寺横穴群です。

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楊谷寺横穴群。

鎌倉のやぐらとも違う雰囲気を持っています。こちらの方が時代も古いので当然ですね。

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上部の古墳。

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下部の古墳。

下部の二つの古墳は内部で繋がっています。夫婦のお墓だったのでしょうか?

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内部。

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横穴群解説板。

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もう一つの解説板。

とにかく高麗山一帯は古墳の宝庫です。問題は、これらは誰を埋葬した古墳かという点です。図書館でざっと調べても、それについて触れた資料は見当たりません。単純に古墳時代後期(7世紀頃)と言う時代性を考えると、秦氏あるいは高句麗系の古墳とも思えますが…。

ただ高句麗系は東国各地に移住させられる前の一時的中継基地として大磯に集まったとも推定され、大量の横穴墳墓を築造する余裕はなかったものと見られます。だとすれば、これらの墓は秦氏のものと推定されるのですが、それを証明する出土品がなく現状では不明とするしかさなそうです。王城山の釜口古墳に関しては、朝鮮式の石組の横穴式石室を持っていることから、高句麗系渡来人の墓とも考えられます。また王城山は城跡だそうですが、由緒や来歴は不明です。

横穴群からさらに下ると、渓流沿いに良い雰囲気の住居が点在していました。

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こんなロマンチックなお宅もあります。

国道一号線に出て、すぐに分岐した旧東海道に入ります。

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旧東海道大磯宿。松の並木が残っています。

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あちこちに桜が…。

歩いていると旧東海道部分も終わりに近くなります。

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趣のある街道沿いの光景。

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何やら解説板が。化粧井戸とあります。

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化粧井戸。

鎌倉時代の大磯の中心はこのあたり(化粧坂)だったそうです。江戸時代も多分同じで大磯宿の遊女が多くいたとか…。お化粧をする女性が多くいたから化粧坂なのでしょうか?

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化粧坂。


大きな地図で見る
一帯を示すグーグル地図画像。

立派なお屋敷の多いエリアです。高麗若光も化粧坂のあたりに住んでいたとのことで、結局古代から江戸時代に至るまで大磯の中心は高来神社から化粧坂一帯にあったと言えそうです。化粧坂から出発点の高来神社まではすぐの距離です。

              ―大磯・高麗山の秦氏 その7に続く―
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