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信濃国の秦氏 その3


「その2」において秦氏地名と思われる波田町の西に白山がある点を確認しました。白山修験の開祖である泰澄は秦氏との説もあり、白山と秦氏は密接です。だとすれば、白山周辺に何かヒントが転がっているかもしれません。早速白山の麓に向かおうと思いますが、前回書いたようにまず沙田神社を訪問します。


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沙田神社一帯を示すグーグル地図画像。

沙田神社とはどんな神社なんでしょう?解説板があるので読んでみます。

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解説板です。

光に反射して画像では読みにくくなっています。内容を抜粋して以下記載します。

孝徳天皇の御宇大化五年六月二十八日この国の国司勅命を奉じ初めて勧請し 幣帛を捧げて以って祭祀す。其の後大同年間坂上田村麿将軍有明山妖 賊征伐にあたり本社の御神力の効する所なりとて国司と謀り社殿を造営する 降って文徳天皇の仁寿元年勅評を蒙り社の造営あり同三年二条大納言 有季を勅使として神位を賜る。…中略…尚波田村地籍鷺沢嶽より鎮座 せる奥社その付近一丁七段歩の山林は当神社の御旧跡地として毎年例祭には該 山より萱を刈取仮殿を造り萱穂・柳葉六十六本を六十余州になぞらえて邪神 を鎮め平げ天下泰平を希ねがう神事が古式により行はれ今日に至っている。

大化5年(649年)に勧請されたとすれば、「その1」で書いた秦広国が信濃国に移住する推定時期とほぼ重なりそうです。何となく面白くなってきました。

祭神は彦火火見尊(ひこほでみのみこと)、豊玉姫命、沙土煮命(すいじにのみこと=しおつちのおじ、塩の神様、潮道を司る神)とのことです。どの祭神名からしても、海人系の神社と思えます。安曇野は海人系安曇族の居住地ですから、その影響が大きいのでしょう。

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神社の鳥居と参道。

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驚くような巨木が…。

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拝殿です。

手前の建物は由緒の中にも出ている仮殿です。何やら柱らしきものが立っています。これはひょっとしたら、そう、御柱です。

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一之御柱。

四之御柱まであり、社殿を囲んでいます。この神社、安曇族のみならず、諏訪大社の影響も受けていました。詳細は書きませんが、神社の例祭も諏訪大社の例祭と類似したものがあるようです。ちょうど安曇野と諏訪湖の中間にある神社なのでそうなったのでしょう。

これでは秦氏と全く関係ないと思われるのですが…、いや、神社の由緒で気になる点がありました。かつては「松本市波田鷺沢嶽」に鎮座していたとされる点です。鎮座地が波田町と来れば、これは秦氏との関係が疑われます。地図で見ると、場所は波田町の思いっ切り奥まった場所で、新島々の駅よりさらに奥です。


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鷺沢の位置を示すグーグル地図画像。

何と白山の麓が鷺沢でした。秦氏との関係でまず行ってみようと思っていた場所に、沙田神社が導いてくれたような気がします。「波田町の石造物編」で調べて見ると、鷺沢の山の上には奥社が鎮座しているとのこと。由緒にあるように付近の山林は当神社の御旧跡地となっていて、毎年の例祭にはこちらから萱を刈り取って仮殿を造るようです。現在はともかく、本来は秦氏が祀った社の可能性もあります。多分奥社がそうなのでしょう。

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「波田町の石造物編」にある奥社の写真。白山山頂の石祠も見えています。

(注:「波田町の石造物編」は、今回宿泊した「民宿かねもと」のご主人から見せて頂いたものです。この資料をお借りできたため図書館に行く時間を省けました。ご主人には改めてお礼申し上げます)

石柵にちょっと気になる名前が刻まれていました。

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降旗(ふるはた)とあります。この地に降臨した秦氏あるいは古い時代に入植した秦氏を意味するようにも思えます。

ところで沙田神社は三之宮とも産之宮とも称されています。産宮とは産む宮です。豊玉姫が八尋の鰐となって出産する場面が連想されますね。ひょっとしたらこの神社は三之宮ではなく産之宮が正しいのかもしれません。(信濃国二の宮が矢彦神社と小野神社の二社となっているので、このどちらかが三之宮とも考えられます。あくまで想像ですが…)

で、近くに出産と関連する神社でもないかと思ったら、ありました。御乳神社なる面白い名前の社が…。

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御乳神社(乳の宮)です。


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位置を示すグーグル地図画像。沙田神社の南西に位置し、すぐ近くです。

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拝殿。

産の宮と乳の宮、明らかに対応しています。どんな神社か解説板でチェックしてみましょう。

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解説板。

何とこの神社も波田町鷺沢に祀られていたとあります。大化5年(649年)に祀られたとは、沙田神社と同じです。両神社は関係があると見て間違いありません。祭神は玉依毘売命。綿津見大神(海神)の子で、豊玉姫の妹だから同じく海人系です。ただ、御乳は「おにゅう」と読むのではないでしょうか?「おにゅう」は丹生で死と再生の象徴である水銀の原料を意味します。産之宮も再生を意味していますし、ますます秦氏臭くなってきました。

大体、鷺沢などと言う梓川の最奥部みたいな場所に二社も鎮座していたとは怪しすぎます。波田町に入る前から、もうややこしい話になってきそうな気配。先が思いやられます。でも、これらの神社に導かれて白山の麓に向かわされたような気もしています。さもなければ、鷺沢に足を向けるなど考えもしないでしょう。

               ―信濃国の秦氏 その4に続く―
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