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熱田神宮の謎を解く その7


前回で、「松姤社の創建は朱鳥元年(686年)でした。一方、草薙神剣が熱田神宮に返還されたのも同じ年です。この二つの事実の間には何か隠された意味がありそうに思えます」と書きました。何か意味があるのか考えてみたのですが、実は同じ年に成海神社が創建されています。成海神社に関しては以下Wikipediaより引用します。

創建は朱鳥元年(686年)、草薙神剣が熱田に還座された時に、日本武尊の縁由により鎮座されたと云われる。日本武尊が東征からの帰路、ここから氷上の尾張氏邸へ船出したという。その故事により毎年10月10日の例祭(近年は同日に近い日曜日に開催)では御船流神事が行われる。


なるほど、草薙神剣が熱田に還座されたことと、日本武尊が鳴海から氷上の里に船出したことが、神社の創建に繋がっているようです。松姤社の場合も多分同様に、神剣の還座と日本武尊と宮簀媛命が出会ったことによるのでしょう。

まず、日本武尊が本当に鳴海から船出したのか検討してみます。尾張古図では、氷上の里のある大高のすぐ東が鳴海と記載され船出は必要なさそうに思えます。けれども、地形分類図で見ると大高の北側を流れる天白川の支流扇川が右手に分かれてすぐの場所が鳴海となります。

地形分類図_convert_20121027154344
地形分類図を再掲。

鳴海と記載した囲みの下側で茶色となった先端部が船出した場所(成海神社の旧社地)となります。この図で見る限りでは、大高に向かうには船が都合良さそうです。


大きな地図で見る
成海神社の旧社地を示すグーグル地図画像。三菱東京の北側に位置します。

鳴海駅北東の鳴海城が旧社地となります。最良の場所だからそこがお城になったのでしょう。現在の成海神社は城からほぼ北へ数百メートルの場所となります。

と言うことで、早速成海神社の旧社地と現在の鎮座地に行ってみます。名鉄鳴海駅から坂を少し歩けば右手に神社の旧社地(現在は天神社)が見えてきます。

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成海神社旧社地。

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解説板。由緒が書かれています。

古事記に景行天皇40年皇子日本武尊東夷を征すとあるが、その節鳴海浦のこの地にお立ちになった尊は対岸の火高(現大高)丘陵の尾張氏館を望見して、

鳴海浦を見やれば遠し火高地にこの夕潮に渡らへむかも

とお詠みになった事が熱田神宮寛平延喜に見える。鳴海神社は是を由縁として天武天皇朱鳥元年尊とその御東征を翼賛した尾張氏始祖とを併せ祀ってこの所に創建されたのである。延喜5年制定の律令書「延喜式神名帳」には尾張国愛智郡成海神社と登録せられ、文治2年の「尾張国内神名帳」には従三位上成海天神と称えられて、此所に鎮座東海道古名社と尊ばれた。…以下略。


神社の祭神は日本武尊、宮簀媛命、建稲種命です。日本武尊が詠んだ歌は「鳴海浦を見やると、遠くに懐かしい火高地(大高の地)が望見される。この夕方の潮に乗ってかの地に渡ろうか」と言った意味でしょうか?ただ地図でチェックすると、鳴海から大高の火上山が見えるかどうか、何とも言えません。ぎりぎりで火上山の先端部が見えると言ったところでしょう。

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日本武尊が詠じた歌の歌碑もありました。

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社殿。新しくて小さい社です。

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城址の解説板。

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神社敷地から鳴海駅方面。

かなりの下りになっています。駅の辺りは当時海だったのでしょう。旧社地を見終わり、さらに数百メートル歩くと成海神社です。


大きな地図で見る
成海神社を示すグーグル地図画像。

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途中に4段ものうだつを上げたお店が…。

山田餅と言うお店のようです。もちろん新しい建物ですが、それにしても4段とは類例を見ないので撮影しました。さらに歩き続けると…。ありました。成海神社の鳥居です。

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成海神社の鳥居。参道も良く整備されています。

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解説板。鎮座地は名古屋市緑区鳴海町乙子山85

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社殿前の鳥居。

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小さな池と石組。

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何と溜り石です。溜り部分は彫ったものかもしれませんが…。

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遙拝所らしきものもありました。

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立派な拝殿です。

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角度を変えてもう一枚。

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屋根部分。

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屋根飾りと神紋。神紋は「五七の桐」。

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屋根の先端部。

松炬島、鳴海、大高氷上の里とこの一帯には日本武尊の痕跡が数多くあると理解されます。そして、松姤社と成海神社の創建は草薙神剣が熱田に戻された朱鳥元年(686年)でした。尾張氏の立場から見ると、自分たちの神にも等しい神剣が朝廷から戻されたのが何よりも喜ばしく、それが2社の創建に繋がったのではないかと思われます。

                 熱田神宮の謎を解く その8に続く。
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