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崇禅寺


桜の写真ばかり続けると飽きてきそうなので、別の写真などと交互にアップしていくこととします。

さて一カ月以上前、土岐市の妻木川に沿って車を走らせていました。このとき妻木川の下流部で碧玉ではないけれど多彩な色彩を持つ土岐石を揚げ、既にアップしています。車が柿野と妻木町のほぼ中間に差し掛かったところ、大きなお寺が見えてきました。それが崇禅寺です。


大きな地図で見る
崇禅寺の位置を示すグーグル地図画像。

所在地:岐阜県土岐市妻木町55-1。臨済宗妙心寺派のお寺です。

早速駐車場に車を入れたのですが、その脇に実に見事で巨大な虎石が鎮座していました。

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虎石です。ジャクレ具合が素晴らしい。

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もう一枚。

これを見るだけで立ち寄った価値があります。石がうんと小さけば、水盤に据えて手許に置きたくなるでしょう。では、山門から見ていきます。

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山門です。

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解説板。

崇禅寺の創建は美濃守護職土岐頼貞の孫に当たる土岐明智彦九郎頼重が文和3年(1354年)に夢窓国師を勧請開山とあります。以来、歴代妻木城主の菩提寺として手厚く保護されたのでこれほど立派なお寺となったようです。臨済宗は武家が好む宗派なのでそれも当然かもしれません。

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鐘楼門。

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鐘楼門を中から。

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苔庭と茶室らしき建物。

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本堂。

静けさと趣のあるお寺でした。ところで、土岐氏の土岐は奈良県添上郡の都祁(つげ)が転じたものと考えられ、都祁には秦氏が居住していました。妻木町の近くには肥田町がありますが、これは土岐肥田氏に由来しています。Wikiには豆州肥田氏に関して、藤原時代を築いた秦氏の「はた」が「ひだ」に転化したとの説もある。と記載ありました。確証はないものの、土岐氏は秦氏との関係があったような気がします。
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