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無量寿寺かきつばた園 その6 東海市の在原業平伝説


「その5」の宝珠寺youtube、東海市ホームページ、ご住職のお話から判断して、次に見に行くべきは在原業平の五輪塔がある業平塚です。と言うことで、早速業平塚に行ってみましょう。場所は宝珠寺のご住職からお聞きしているので簡単です。


大きな地図で見る
場所を示すグーグル地図画像。

地図に業平塚は出ていないので、言葉で説明します。宝珠寺の北にある広い道路を西に進みます。道路上に貴船と地名が記載されています。その先で道路は小河川(大田川支流の富田川)を越えます。橋の名前は貴船橋です。貴船橋手前に川に沿った狭い道があります。

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貴船橋と狭い道。

貴船橋の名前は、京の都に鎮座する貴船神社から取られたに違いありません。加えて、「その5」の東海市ホームページには貴船大明神の加護により助かり云々とありました。この関連は後で探ることとして、まず五輪塔を探します。

橋の手前の狭い道を少し歩き左に折れるとありました。五輪塔です。

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五輪塔のある場所。

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解説板。

この場所が業平塚です。融通念仏宗の開祖良忍上人の父で富田の領主、藤原道武が建立したとあります。

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五輪塔。今も花が手向けられています。

左の大きな五輪塔が業平のもので、何基か集合している五輪塔が女官たちのものです。ご住職によれば、この五輪塔は尾張随一の古いものとのこと。

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業平の五輪塔。

この五輪塔の傍らに宝珠寺があったことになります。そしてお寺の隣は大田川の支流・富田川となります。川の状況は八橋の地名由来譚にぴったり一致する感じですね。富田郷に八橋の名前はありませんが、元祖八橋はこの地であったのです。

「その5」で在原業平がこの地に五輪塔を建てたと書いていますが、解説板にあるように五輪塔は鎌倉時代のものです。だとしたら、撮影した在原業平の五輪塔は二代目のものとなりそうです。ただ良忍の生没年は1073年?~1132年とされており、解説板のようにその父である藤原道武が建立したとすれば、建立時期は1100年の初頭前後で平安時代後期となってしまいます。そう考えれば、実際は誰がいつ建てたのか曖昧にならざるを得ません。ここは、富田郷に在原業平や女官のものとされる五輪塔があり、少なくとも鎌倉時代にはそう認識されていたとしておきましょう。

続いて、貴船神社に向かいます。貴船神社はご住職によると在原業平と関係があるとのこと。しかも、この地の地名は京都の貴船神社に由来する貴船です。貴船神社と業平が結び付いているなら、業平塚も含め富田郷の在原業平伝説がより確固たるものになるでしょう。

貴船神社の所在地は「その5」のグーグル地図画像を参照ください。宝珠寺から近い北側に鎮座しています。神社の手前は広い空地状態となっていました。その先に森がありますので中に入ります。

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貴船神社です。

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解説板。

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神社の小さな祠。

在原業平が山城国の貴布称大明神を勧請したとあります。やはり業平が関係していました。
もっと詳しい内容がないか調べたところ、ネット上の東海市史には貴船神社 に関して以下の記載があります。

集落北を流れる富田川沿いの、こんもりとした森の中に所在する。『寛文村々覚書』には貴布弥大明神とある。祭神は闇罔衆女神(くらづみはめ)、高?(東海市誌には雨冠に竜)神(たかおの)、国常立神、在原中将業平親王尊の四柱である。『張州雑志』には、「貴船の祠について里老に聞けば、村の鬼門の鎮守であり、社は在原業平朝臣の守り神と伝えられている」と記している。また、『尾張徇行記』に、在原業平が、この地に住んだ時、守り神として京都鞍馬に鎮座まします。貴船神社から勧請したとあり、ともに業平伝説と結びつけている。祭神の闇罔衆女神と高?(東海市誌には雨冠に竜)神は、ともに雨を司る神である。明治初年に貴布弥を貴船に改称し、後に七社之社に合祀したが、災いを恐れて、旧地の近くに移座したという。

ホームページは以下を参照ください。
http://www.geocities.jp/kamankara/text/documents/d-tou.html

上記によれば、「張州雑志」や「尾張徇行記」などの史料にも貴船神社と在原業平の関係が書かれていることになります。狭い範囲にこれだけ在原業平の存在を示す遺跡が集中し史料にも記されているとなると、東海市の在原業平伝説は相当確固たるものだと理解されます。 次回も東海市の在原業平伝説を探索します。

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