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東三河の秦氏 その1


今回から「東三河の秦氏」シリーズを開始します。本ブログにおける秦氏探索は、従来関東とその周辺地域にほぼ限られていました。藤沢から遠くなればなるほど行くのに大変で、限られた時間では調査が行き届かないと思われたからです。また、中部圏は秦氏の本丸である関西圏にも近く、難しさが増してくると予想されました。

そうした事情から、これまでほとんど手を付けていなかったのですが、関東圏はほぼ書き尽くした感があります。となれば、次は東海地方を対象にするしかありません。東海地方において最も多くの謎があり、面白そうと思われたのが東三河です。ちょっと調べただけでも、秦氏や徐福伝承、持統上皇の三河行幸、物部系や出雲族の存在など様々な謎が出てきました。

問題は、神社仏閣が飛び抜けて多く東三河に集積していることです。もちろん今まで見て来た鎌倉にも数多くの神社仏閣が存在します。しかし、調査対象となるものは限られているのです。一方、東三河においては調査すべき対象が非常に多く、加えてそれぞれが異なる要素を持っていると直観されました。

東三河は今まで以上に難しい。そんな想いも湧き出してきますが、何とかこの地に秘められた謎を解いていきたいと思います。ただ、上記事情から最後まで連続して書くのは難しそうなので、四つ程度のパートに分けて休み休み書き進めていく予定です。この点はご了解ください。

東三河の秦氏に関しては「東海の秦氏 その10」でも部分的に触れていますが、内容があまりにも大ざっぱなので今回はじっくり再検討する予定です。以前に書いた内容と重複する部分もある点はお含みください。まず、東三河に秦氏の存在が認められるかどうかを再度確認したいと思います。手っ取り早いのは秦姓をチェックすることです。と言うことで、早速始めましょう。

愛知県における秦姓は133人で、豊橋市が18人、豊川市14人となっており、両市合計で全体の24%。明らかに有意性のある数字となっています。この点をだけを見ても東三河に秦氏が集中的に存在していると確認できます。

羽田姓の場合はどうでしょう?愛知県全体で187人中、蒲郡市34人、豊橋市31人、豊田市10人、豊川市8人と東三河に集中し、豊橋及び豊川の両市で21%を占めています。羽田野姓で見ると、全体数が169人中、豊川市が41人、豊橋市が32人、春日井市が19人となっています。

秦姓のみならず、羽田、羽田野姓のいずれも豊橋や豊川を中心とした東三河に数多く存在していると確認できました。秦姓の地域とほぼ重複していることから、東三河における羽田氏、羽田野氏はともに秦氏から派生したと言って間違いなさそうです。

波多野姓の場合全体数543人中、春日井市が103人、豊川市が79人、小牧市が79人、瀬戸市が55人です。秦野姓になると全体数53人中、小牧市が12人です。

波多野姓のみならず羽田野姓、秦野姓が春日井市、小牧市、瀬戸市など別エリアに多いのは留意すべきですが、秦氏とは別の要素が入っていると推定され今回の検討対象とはしません。

以上、豊橋市や豊川市に秦姓、羽田姓、羽田野姓の方が数多く居られる事実は、東三河における秦氏の存在を示しています。(注:電話帳の掲載件数をもとに該当する人数を検索するソフトでチェックしていますので、世帯数に近いものとなり実際の人数とは異なります。しかし傾向値は間違いなく把握できます)

ご自分でチェックされたい場合は以下を参照。
http://namaeranking.com/

歴史史料も見ていきます。「続日本紀」聖武天皇の天平13年(741年)12月には、「外従五位下秦前大魚(はださきのおほうを)を参河守とす」とあり、三河国において高い地位に就いた秦氏の存在が確認されます。

(注:従五位(じゅごい)とは、日本の位階及び神階における位のひとつで、正五位の下、正六位の上に位するのですが、外位(げい/がいい)となっている場合、中央の貴族や官僚に与えられた内位に対して、その立場にない地位の者、例えば地方の豪族などを意味しています。この位階は現代に至るも生きていて、例えば故橋本元首相には正二位と大勲位菊花大綬章が贈られています)

東三河の地域史料に「牛窪記」があり、読んだところ「本宮山下秦氏之者多シ」との記載がありました。本宮山の麓一帯に秦氏が多く存在していたことが確認されます。(注:「牛窪記」は元禄年間の1697年頃に書かれたとされますが、その詳しい内容に関しては追って検討します)

神社関連では、菟足神社(うたりじんじゃ、鎮座地:豊川市小坂井町宮脇2)を現在地に移し祀らせたのは秦川勝の子とされる秦石勝です。菟足神社に近い豊川市宿町水入31-1には「人形の天神屋」があります。三河地方では男の子が生まれると、知恵が増すように願って天神様の人形を飾る風習があり、この風習を始めたのが人形の天神屋初代秦玉造氏です。玉造の名前からは出雲との関係が窺われます。(確認した訳ではありません)

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人形の天神屋。土曜日に行ったのに、残念ながら閉まっていました。

人形の天神屋ホームページ。現在の代表も秦さんです。
http://www.tenjinya.jp/noflashtenpo2.html

以上から東三河における秦氏の存在は確認されました。

                 東三河の秦氏 その2に続く
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