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東三河の秦氏 その23 徐福伝承の謎


「その16」で以下のように書いています。

さて現時点で、東三河における徐福伝承の発祥・存在は以下のような経過を辿ったと判断しています。

1. 古代の東三河にいつの頃か不明だが徐福子孫を自称する徐福系秦氏が来た。
2.平安末期から鎌倉初期にかけて東三河に熊野信仰が流入し、それと共に熊野の徐福伝承が流れ込んだ。
3.長山熊野神社の神主となった秦氏を自称する神保氏(着任は1300年代初頭と推定)が、それまでの伝承に新たな部分を追加、整理して代々保存した。


一方長山熊野神社を見た場合、「牛窪記」に秦氏が熊野権現(=徐福の霊)を長山の郷に勧請したとあります。これは「1」に対応します。神社の縁起には「吾は、紀州牟呂郡熊野本宮なり」とあり熊野信仰の流入が確認されるし、神社の名前自体が熊野神社です。これは「2」に対応します。その後、鎌倉時代に神保氏が神社の神主となっています。「3」に対応しますね。

すなわち、長山熊野神社を検証するだけで、酔石亭主が主張する東三河における徐福伝承の三層構造がほぼ解明できることになるのです。と言うことで早速行ってみましょう。


大きな地図で見る
長山熊野神社の位置を示すグーグル画像。
牛久保駅からは近いように見えますが、初めてだと結構行きにくい。

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鳥居越しに見た拝殿。鬱蒼とした森の中なので、鳥居は真っ黒に見えます。

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拝殿。33

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本殿。

祭神は伊邪那美命、速玉男命、事解男命となります。簡単な解説板があるものの、現在のテーマと関係ない上、ほとんど読めないのでアップはしません。神社の森はJR飯田線で分断された形になり踏切を渡ると、市杵島姫を祀る弁天堂や稲荷神社があります。

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市杵島姫神社です。他に龍神社もありました。

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ナギの木の解説板。

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ナギの木。ナギの木は熊野本宮大社の御神木です。

平安時代中期に作られた辞書である「和名類聚抄」(わみょうるいじゅしょう)によると、宝飯郡十三郷の一つに宮島郷が見られます。牛久保長山の辺りはかつて宮島の庄と称され、宮島郷はこの一帯を指すものと思われます。

宮島の地名は市杵島姫を祀る弁天堂に由来すると推定されることから、「和名類聚抄」が編纂された承平年間(931年~ 938年)より古い時期に勧請されていると理解されます。熊野系がこの地に入る以前に弁才天信仰が牛久保の地に根付いていたのでしょう。「新訂三河国宝飯郡誌」には、弁財天女(延宝4年渡辺氏是ヲ造立ス…以下略)とあります。(注:延宝4年は1676年)

長山熊野神社と隣接する弁天堂を一通り見て回りましたが、これと言った収穫はありません。長山熊野神社に関しては、色々史料に当たって考えるしかなさそうです。

             東三河の秦氏 その24 徐福伝承の謎に続く
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