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吉野山散歩 その5

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07 /23 2013

吉水神社の中に入ります。ここはかつて吉水院と称され、白鳳年間に役行者が創建したと伝えられています。時代は下り文治元年(1185年)、頼朝の追及から逃れようとした義経は、静御前、弁慶らを伴い吉野山に入ります。義経は吉水院に一時潜居し、大峯山に向かおうとしますが、そこは女人禁制の地。義経は静御前に別れを告げ、しんしんと降る雪の中を逃げ落ちて行くのです。

延元元年(1336年)には後醍醐天皇が京を逃れて吉野に入り、吉水院を行宮とします。さらに時代を下った文禄3年(1594年)秀吉はここを本陣として大花見の宴を催し、天下にその権勢を示したとされます。

吉水院は現存する最古の書院造の建物とのことです。義経の時代の建物がそのまま残っているのでしょうか?何度か改修工事はなされていると思われますが、相当古いのは間違いなさそうです。

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比較的小さな部屋です。弁慶思案の間とありますが、この一角が思案の間のようです。

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奥が義経潜居の間です。衣装は静御前のもののようです。

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次の部屋です。

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解説板。

この部屋は後醍醐天皇玉座であり、豊太閤花見の間でもあるとのことです。全く恐れ入谷の鬼子母神です。

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義経の鎧。

重要文化財とのことなので、本物なのでしょう。鎌倉や藤沢で義経伝説を探ったときは何もない中での探索でしたが、こちらでは一つの建物の中にぎっしり遺物が詰まっているのですから驚きです。さすが吉野ですね。吉水神社の詳細は以下の同社ホームページを参照ください。詳しく書かれています。

http://www.yoshimizu-shrine.com/index.htm

                  吉野山散歩 その6に続く
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酔石亭主

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