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甚目寺散歩 その1


名鉄津島線で津島市に行く途中に、甚目寺と言う駅があります。現在の愛知県あま市(旧甚目寺町)には甚目寺があり式内社・漆部神社も鎮座しています。駅からはすぐの距離にあるので行かない手はありません。


大きな地図で見る
場所を示すグーグル地図画像。

駅を降りると立派なお宅があり、建物探訪モードになってしまいました。

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線路沿いのお宅。

甚目寺へと向かう126号線沿いには比較的古い商家も見られます。ますます建物探訪モードになりそうな気配。

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かなり立派な商家です。

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こちらはろうそく屋さんで、龍鳳堂です。

二階部分が低いので明治期の初めか江戸末期の建築かもしれません。

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こちらは間口が広く蔵もあります。

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反対方向から撮影。逆光気味です。

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実に見事な格子ですね。格式の高さが窺えます。

なお甚目寺は「波陀米泥良」と書きました。一方秦氏に関して、「古語拾遺」には「肌膚に軟らかなり。 ゆえに秦の字を訓みてこれを波陀と謂う」とあります。伝承によれば、推古天皇5年(597年)、漁師の甚目龍磨(はだめたつまろ)が漁をしていたところ、観音像が網にかかり、その観音像を近くの砂浜に堂を建て安置したのが甚目寺の始まりとされます。海から出現する観音様は日本各地に存在しているので、これもその一例となります。

それはさて置き、波陀が秦とすれば、甚目龍磨は秦氏なのでしょうか?「古事類苑」には「尾張醫師甚目連公冬雄等、同族十六人賜二姓高尾張宿禰一、天孫火明命之後也」(元の記述は「日本三代実録」)とあることから、甚目氏は尾張氏の系統に見えます。甚目氏は尾張氏系なのか秦氏系なのか、この辺りは良くわからないとするしかなさそうです。
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