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甚目寺散歩 その4 甚目寺


お寺の境内を歩きます。

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木々の間から本堂が見えています。

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鐘楼と六角堂。

梵鐘は鎌倉時代の作とされ建武4年(1204年)三月廿日の銘があるとのこと。前回ご紹介した仁王門(南大門)も 建久7年(1196年)の再建とされ、源頼朝の命により梶原景時が建立した由緒あるものです。

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六角堂。本尊は地蔵菩薩。

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釈迦堂。

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解説板。

「おそそさま」とあります。妙ですね。女陰が祀られているのでしょうか?調べたところ、中には女性の木像が安置されているとのこと。治承3年(1179年)にこの地の領主であった山田重忠が長母寺(所在地:名古屋市東区矢田3-13-71)を開基しますが、その妻の像が洪水で流され漂着したものだそうです。明和4年(1767年)の大雨による矢田川決壊の時のものでしょうか?

或いは、この木像は葦敷(安食)二郎重頼(平安時代末期の武将で清和源氏満政流。浦野信濃守源重遠の次男)の木像とも。「熱田神宮の謎を解く」で書いた真敷刀俾命(ましきとべのみこと)と似た名前ですね。だとすれば、葦敷(安食)二郎重頼も所在地が不明とされる間敷屯倉と関連しているのかも。

それはさて置き、この木像が実際に誰のものかは不明です。もしかしたら、甚目寺一帯に居住していた巫女か比丘尼の像かもしれません。「おそそ様」の名前からそう考えるのが正しいようにも思えます。

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本堂。抜けるような青空を背景に朱塗りの建物が見事なコントラストを見せています。

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解説板。

「おさる様」とは何でしょうか?調べたところ、孕み猿とのことでした。甚目寺遺跡からは白鳳時代の遺物が多数出土しており、奈良時代よりも古いことがわかります。

なお驚いたことに、天正10年(1582年)、織田信雄の手で当時岐阜にあった善光寺の本尊が甚目寺に遷座されたそうです。Wikiには、「この観音像は、敏達天皇14年(585年)に、物部守屋、中臣勝海の手によって海に投げられた3体の仏像のうち1体(聖観音)といわれている。」とありましたが、それが本当かもしれないと思わせる内容ですね。

甚目寺は、天智天皇の病を癒した功によるのか宝鏡を下賜されています。「熱田神宮の謎を解く」でも書いていますが、似たような話が知多市の法海寺にも伝わっています。それは天智7年(668年) 新羅僧である道行が帝の御不例を平癒したため、その功により勅願と寺領を賜ったと言うものです。多くの高僧が同時に天智天皇の病気平癒祈願をしたのでしょうね。

また甚目寺は、天武7年(679年)に天武天皇から鳳凰山の額を賜り、一遍上人も関係しています。もっと深く調べるとあれこれ面白い話が出てきそうです。

甚目寺に関しては以下の名古屋市博物館ホームページも参照ください。
http://www.museum.city.nagoya.jp/tenji110716.html
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