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東三河の秦氏 その79 持統上皇東三河行幸の謎

東三河の秦氏
12 /13 2013

前回で豊川市にある野添の地名から大己貴命の移動経路を探りました。ついでに新城市や豊橋市も見ていきます。チェック結果以下の地名がありました。

新城市川田野添、新城市浅谷野添。豊橋市大村町野添、豊橋市石巻本町野添。

新城市の二つの野添は本宮山麓の豊川上流部に当たります。本宮山麓にある以上、津守氏と大己貴命関連の地名だと思われます。面白いのは浅谷野添の南隣に、八束穂の地名があることです。


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浅谷野添一帯を示すグーグル画像。

八束穂は長い穂を意味しますが、この名前に思い当たるものがあります。そう、砥鹿神社の境内社に八束穂神社があり祭神は天穂日命でした。八束穂の地名は、浅谷野添にいる大己貴命を祀る出雲臣族の天穂日命に関係しているのかもしれません。

豊橋の二つの野添は明らかに石巻山麓に鎮座する石巻神社を志向しています。そして石巻神社の祭神も大己貴命です。八名郡には美和郷があり、美和は三輪で三輪氏に関連し、三輪氏(大神氏、大三輪氏)は三輪山麓に鎮座する大神神社(おおみわじんじゃ、奈良県桜井市三輪)を祀る氏族となります。従って、御津湊に上陸した津守氏と大己貴命(出雲族)の一部は石巻山にも向かったと理解されます。


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豊橋市石巻本町野添の位置を示すグーグル画像。

では、本宮山に向かいましょう。山頂付近まで本宮山スカイラインが伸びているため、簡単に行くことができます。本来は山麓から参道を歩いて登るべきなのでしょうが……。

山頂付近の駐車場に車を入れると、奥宮とは反対方向に小さな鳥居が見えます。

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鳥居です。

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解説板。

何と本宮山奥宮に次ぐ霊場が奥の院とのこと。随分奥の深い場所だと理解されます。洞窟のある巨岩の頂上が国見岩で、昔大己貴命がこの岩山に神霊を留め、この岩上から国見をして、穂の国を造ったと言われているそうです。こんなところまでなぜ出雲族はやって来たのか不思議です。

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もう一つの鳥居。

岩戸神社とあります。古代の磐座信仰の場所に高天ヶ原の岩戸があり、出雲の神様が神霊を留めたとは、随分複雑な構成になっていますね。しばし歩くと国見岩が見えてきました。

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国見岩。天の磐座とあります。いかにもと思わせる巨岩です。

国見岩から洞窟に向けて下ります。

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国見岩を見上げます。岸壁がそそり立っており、頂上は全体のほんの一部分と理解されます。

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洞窟らしきものが…。

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水の流れ落ちる祠もありました。

一応国見岩の最下部まで至ったのですが、岩戸神社はそこから岩を上に登る必要があるらしくギブアップしました。岩戸神社詳細は玄松子さんの以下のホームページを参照ください。

http://www.genbu.net/data/mikawa/iwato_title.htm
 
           東三河の秦氏 その80 持統上皇東三河行幸の謎に続く
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酔石亭主

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