平泉寺


今回も英比丸と関係のある場所を訪問します。目的地は平泉寺(へいせんじ)で住所は阿久比町椋岡字唐松29。椋岡字唐松29は英比丸の居住地候補である椋岡字英比屋敷に近く、天満社からもさほど遠くない距離にあります。次回でアップ予定の天満社西方に鎮座する箭比神社(やひじんじゃ)も英比丸関連の神社となり、英比屋敷周辺エリアに英比丸と関連する神社仏閣が三つもあるのは、英比屋敷が英比丸の居住地だったことを示していると言っていいでしょう。


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平泉寺の位置を示すグーグル画像。

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山門と境内。

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解説板。こちらもステンレス製ながら文字が薄れています。内容概略は以下。

平泉寺は天長7年(830年)淳和天皇が尾張国知多郡に鳳凰が舞い降りた夢を見られ、それを見てくるように言われた慈覚大師が、淳和天皇の霊夢にちなんで山号を鳳凰山と名付け創建した。一千年を越える古刹である。

慈覚大師は円仁のことで最澄の弟子となります。円仁については、以前に摩多羅神の関連で書いた記憶があります。円仁創建の寺も各地に数多くあり、本当かどうかはまた別の話です。なお、境内の外に唐松の井戸と呼ばれる古井戸があり、人々が病魔に困っていたところ円仁が加持祈祷を行うと井戸から水が湧き出して、水を飲んだ人々の病が癒えたとのことです。

また、かつてこの地に伝わる昔話によると、邪鬼が当地方を荒らして、人々を苦しめていたおり、大変武勇に優れた英比丸が、その邪鬼を退治して地中に深く埋め、再び出現しないようにと、魔除けの柊を植えたと言われる。

ここで英比丸が出てきました。でも、昔話とは…。

ある夜、邪鬼を埋めた柊の下で大師が野宿された時、夢のなかに角の生えた童子が土中に苦しんでいる姿を見られた。翌朝、大師は柊を倒して、その柊で仏像を彫り祭ったのが平泉寺の起りであると言われる。

この大師とは誰のことでしょう?英比丸の後の話となれば、慈覚大師ではあり得ません。解説板の内容を概略で続けます。

文治6年(1190)には源頼朝が野間の里に父源義朝の墓参の帰途、当山へ参詣し本尊尾張不動尊に国家安寧を祈願されたそうです。本尊不動明王立像と毘沙門天立像(伝運慶作)は県指定文化財で、阿弥陀如来像は県下最古の仁平3年(1153)の在銘仏となり、同じく県指定の文化財になっているとのこと。

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阿弥陀堂です。

これが本堂かと思いましたが、阿弥陀堂となっていました。阿弥陀如来像が安置されているのでしょう。

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阿弥陀堂左隣の本堂。尾張不動尊と毘沙門天が安置されています。

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知多四国八十八カ所の16番です。

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お堂の手前には役行者様。

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オカラス大明神です。女性の腰痛に霊験ありとのこと。

円仁と英比丸は伝説的ですが、頼朝が立ち寄った話は本当かもしれません。今の平泉寺は小さなお寺になっているものの、様々な歴史が詰まっていました。
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