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不当な植民地支配とは?

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02 /03 2014

韓国が日本を批判する場合、しばしば使うフレーズに「不当な植民地支配」があるので、この言葉について少しばかり考察してみましょう。

韓国側が植民地支配と言うのは、1910年から1945年までの間、日本が韓国(当時は李氏朝鮮の大韓帝国)を合邦していたことを指しています。ここですぐに質問が頭に浮かびます。では、当時の朝鮮において他にどんな選択肢があったのかと…。

李氏朝鮮の時代、朝鮮は中国の区分で最下層に位置づけられる属国でした。そして甘い汁を吸っていたのは王族と両班(やんぱん、働かない貴族階級、文臣と武臣)で、一般民衆は過酷な搾取により常に生きるか死ぬかの状態に置かれていたのです。

これら支配層はハングル文字を劣等語と見做し、自分たちは漢語を使用しました。一方、教育を受ける機会など皆無の一般民衆は文盲の状態を余儀なくされていたのです。上記のように、大多数の民衆は李氏朝鮮によって極めて不当な立場に置かれていました。総じて当時の朝鮮国は、国家としてのアイデンティティーが皆無であったと言えるでしょう。

その少し前、日本は当時の清国と朝鮮半島をめぐって争いになり、1894年に日清戦争が勃発します。戦争に勝った日本は清との間に下関条約を締結しました。条約の第一条には以下のように書かれています。

清国は、朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。

このころ清は、朝鮮を属国ではなく植民地にする考えを持っていました。日本が清と戦わなかった場合、朝鮮は清の植民地になっていたことになります。ただ清国の弱体化は避けられず、日本が最も恐れた北の強国ロシアの南下政策により、朝鮮はロシアの植民地となり、何百万もの人々がシベリア送りにされたかもしれません。日本はもちろん自分たちの思惑で朝鮮国を独立に導いたのですが、たとえそうであれ独立国となったのは間違いありません。

ここで最初の質問に立ち返ります。現在の韓国の人々は、清国の属国・李氏朝鮮による過酷な搾取状態の継続を望んだのか(但しこの状態は清国による植民地化で消滅します)、清国による植民地化を望んだのか、或いはロシアによる植民地化を望んだのか。以上のいずれであるのか答えを頂きたいと思います。違う道があったと言うなら具体的に教示いただきたいものです。

韓国政府は李氏朝鮮時代を極楽のような社会としていますが、王族と両班は働きもせず生活ができたので、彼らの立場に立てば確かに極楽なのでしょう。もちろん一般民衆にとっては最悪の地獄です。韓国側の主張に真実味がないのは、戦後李氏朝鮮が復活しなかったことを見ても明らかです。娯楽時代劇の「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」でさえ、韓国政府の主張と比べればより史実に近そうに見えてしまいます。

それはさて置き、仮に朝鮮がロシアの植民地となっていた場合、ロシアは第二次世界大戦の戦勝国ですから、朝鮮半島はロシアの一部となったまま独立もできない状態に置かれていたはずです。それは日本の敗戦の後、あっと言う間にロシアが朝鮮半島の北部を占領し、南部を米国が占領したことからも容易に類推されます。

ロシアに占領された北部は後に北朝鮮となって、一般民衆は100年以上前の李氏朝鮮時代に引き戻され、当時と同じ塗炭の苦しみの中にいます。いずれにしても、日韓合邦がなかった場合、彼らははるかに過酷な道を歩まざるを得ないことになるのです。

以上、日韓合邦が不当なのは支配層である王族と両班に対してのみであり、一般民衆にとっては実に喜ばしいことであったと理解されます。だからお年寄りたちは今でも日本統治時代は良かったと言っているのです。昨年の9月、韓国の公園でそう話したお年寄りを殴り殺した若者がいました。いかに彼らの歴史認識がゆがめられているかをこの事件ははっきりと物語っています。

ここまでの検討で、日韓合邦が誰にとって不当であり、誰にとって喜ばしいことであったのかが明らかになりました。悲惨を極めた一般民衆にとって日韓合邦は李氏朝鮮の時代よりはるかに喜ばしいものだったのです。但しこれは、一般民衆にとって、李氏朝鮮との比較において日本統治時代の方がよかったと言うだけのことです。

当時は日本においてさえ、口減らしを目的とした娘の身売りや、女工哀史で語られる娘たちの境遇など、数多くの悲惨な現実がありました。1900年代初頭世界の最貧国の一つだった朝鮮の民衆の生活が、現代と比較すれば日本統治時代でもなお劣悪であったのは否定できません。しかしそれをもって不当とするのは全く的外れな物言いになるのです。

次に植民地支配の問題を考えてみます。一般的に欧米の列強諸国が他国を植民地にする場合、現地の住民はあらゆる面で抑圧され、またそれ以前の段階で殺戮され人口が急減します。スペインによるアメリカ大陸の征服、イギリスによるアメリカ大陸の植民地化においてもそれは見られ、フランスなどはマルティニーク島の原住民を全滅させています。かろうじて生き残った原住民は奴隷となり、彼らの過酷な労働によって得られた生産物は全て収奪されてしまいます。

翻って日本統治の場合はどうだったのでしょう?まず、人口です。李氏朝鮮時代の1885年から朝鮮の人口は減少傾向にあり、1904年において710万人だったのが、日本の保護国となって以降の1907年の調査では1167万人となっています。これは戸籍制度の完備により把握されていなかった人口が表に出たものと思われます。

それ以降人口は年々増加し1942年には2559万人となりました。この増加は李氏朝鮮時代の平均寿命24歳が、1942年で45歳にまで伸びた事実に連動しています。日本統治時代の朝鮮は、欧米の植民地における傾向とは全く逆の推移を辿ったのです。

平均寿命の伸びと人口の増加は、国民生活向上の指標となります。言い換えれば、日韓合邦の結果が朝鮮の人民にとって喜ばしいものであったことを意味しています。だから、お年寄りは懐かしそうに日本統治時代は良かったと言っているのです。(これは今よりも良かったという皮肉も入っていそうに思えます)

なぜ生活水準が向上したのかは、既に多くの方がブログなどで語っていますし、以下のWikipedia記事を見れば一目瞭然なのでここには書きません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%B5%B1%E6%B2%BB%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AE%E6%9C%9D%E9%AE%AE

国民生活の向上は医療の向上や農業振興、教育や産業基盤の充実、社会インフラの整備などによってもたらされます。これらは現在の価値で数十兆円にものぼる日本からの資金投入によって成し遂げられました。朝鮮半島の近代国家としての基礎は日本によって築かれたのです。なのに、現在の韓国政府は日本統治時代を実に執念深く批判します。その根底には何があるのでしょう?

李氏朝鮮時代の数百年間、朝鮮は国家としてのアイデンティティーを持てない状態が続きました。そうした事実から目をそむけるため、自分の国はこいつらのせいで大変だったとする悪役が必要になります。そうしなければ、精神状態を安定的に保てないのです。

ところが、悪役に一応戦勝国となる中国やロシアを当てるなど恐ろしくてできません。唯一残った悪役候補日本は、彼らにとって幸いなことに敗戦国でした。彼らは日本を悪役に当て国民に徹底した反日教育を施し、ここから歴史の歪曲、捏造、粉飾が始まったのです。こうしたストーリーを組み立てるには、地獄の李氏朝鮮時代を極楽だったとせざるを得ないのも容易に理解されます。

もちろん、日本統治時代がいいことばかりでないのも事実であろうと思います。しかし、清国の属国であった李氏朝鮮の時代よりはずっとましで、また欧米列強の植民地の人々よりはるかに好ましい境遇にあったと思われ、それは寿命や人口などの数字に如実に表れています。仮に日本が合邦しなかった場合、朝鮮は清国の植民地かロシアの植民地になるしかなく、それで本当に良かったと思えるのでしょうか?

以上から、不当な植民地支配と言うフレーズは全くの誤りであると理解されます。間違った、いや意図的に改ざんした歴史認識の元で過去から目をそむけ続け、他国を非難ばかりしていると、いずれ自分にツケが回り、その対価を支払わされる羽目に陥ります。そうならないよう、早く覚醒していただきたいものです。
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酔石亭主

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