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天満社


阿久比町における英比丸関連の神社仏閣に関して、阿久比神社、洞雲院、北原天満宮を見てきました。そろそろ打ち止めかと思いましたが、まだ幾つかの神社仏閣が残っています。さすが阿久比の始祖とも言えそうな英比丸。彼の足跡は数多くあるのです。と言うことで、今回は天満社に行ってみます。


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天満社の位置を示すグーグル画像。

鎮座地は阿久比町矢高字三の山高16となり、坂部城跡よりさらに南に位置します。山の上に立地する天満社を早速訪問してみましょう。

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拝殿です。

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解説板。

祭神はもちろん菅原道真です。解説板には、「社伝の記録として保存されている弘安3年(1280年)の「村社天満社御由緒調査書」によると、創建は天歴2年(948年)菅原道真公の孫である英比麿は、ここ高尾山の自然と眺望を愛され、亡き祖父の道真殿を英比家の守護神として、この地に神殿造営した。」とあります。

この内容には実に驚かされました。何しろ、道真の孫である英比麿の存在が、鎌倉時代の1280年時点において書いたもので確認されているのですから……。社伝の書かれた年代の約330年前が英比麿のいた時代ですから、内容の信憑性は高くなります。久松氏が勝手に自分たちの祖先を英比麿に結び付けているとも言いにくくなりそうです。この社伝に英比麿ではなく菅原雅規と書かれていたら、前回までの検討結果を全面的に見直さなければならない羽目になるところでした。

その後、京都の北野天満天神(北野天満宮)から分霊を迎え天満社と称せられるようになったとのことです。北野天満天神は菅原道真の祟りを鎮めるため、天歴元年(947年)に建てられています。その一年後に英比麿が当初は北野天満天神とは関係なく、菅原道真を祀り、いつか不明ですがその後に北野天満天神から分霊を勧請したことになります。

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本殿です。

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境内社。

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境内の石積み。この上にもかつては何かがあったのかも…。

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急な石段。

記憶がやや曖昧になっていますが、これは確かお隣の観音寺への石段です。
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