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愛知川周辺を巡る その17

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05 /12 2014

四脚門の脇を潜り抜けると樹木に包まれるように広い神域があり、正面にはこれまた幅の広い拝殿が目に入ります。

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拝殿。拝殿の中に何か妙なものが見えます。豊満な女性のようにも…。

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拡大写真。なんじゃこれは…。

みっちゃんだそうですけど…???豊満(とよみつ)のみっちゃんですしょうか?となるとこの神社の神様?豊満さは感じられないものの、ゆるキャラ人形みたいで、台の部分の箱はMINI COOLER & WARMERと印刷されています。神域の厳かな雰囲気が壊れるので、やめてほしい気分。

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唐破風門と本殿。社殿は素晴らしい造りになっています。

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もう一枚。朝なのでどうもうまく撮影できません。御由緒を探します。

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由緒がびっしり書き込まれた解説石板。重要部分だけ抜粋します。

豊満神社は近江国愛知郡豊国村大字豊満に鎮座し給ふ。祭神は大国主命、足仲彦命(仲哀天皇)、息長足姫命(神功皇后)、譽田別命(応神天皇)の四柱なり。大国荘二十大字の祖神にして今も一町五村の広域に亙る氏子の産土神として崇敬厚き社なり。
 康暦元年鋳造の神鐘銘文に「愛知郡宗廟豊満大社」云々とあるに見るも当社の地位を知るべし。創祀年代は悠遠にして詳らかならざる
も…以下略

神社のホームページに詳しく書かれているので参照ください。
http://toyomitu.jimdo.com/%E7%A5%AD%E7%A5%9E-%E7%94%B1%E7%B7%92-%E5%BE%A1%E5%88%A9%E7%9B%8A/

康暦(こうりゃく)元年は1379年です(ホームページでは1378年)。豊国村とは正に秦氏の村を意味していそうです。一方、大国荘は大国主命を祀っていることに由来しているものと思われます。ここはかつて東大寺の荘園で、12町の田からなる東大寺領の愛智荘(貞観 18 年(876年)に既に確認されている)が徐々に大国荘へと変わっていったものと思われます。

「愛知郡宗廟豊満大社」とは愛知郡の宗廟つまり愛知郡を拠点とした依智秦氏が祖神の祭祀を行う廟と考えられ、依智秦氏にとって極めて重要な位置付けとなりそうです。けれども、解説石板に依智秦氏は出てきません。妙ですね。他にヒントがないか探してみます。

本殿の裏手に回ると四方に根を張り出した巨木が…。

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巨木。何か解説が書かれているようです。

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招き猫が置かれています。

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解説文。なっ、なんじゃこれは…。

② ③とありますが、①はどうなっているの?日本語もかなりおかしいし…。

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もう一つ。溜息が出そうな内容と文章…。

女神の木とかリラクゼーションとか、都会のリラクゼーションサロンならともかく、どうにも意味不明です。女性の参拝者を目当てにしているんでしょうけど、そもそも神木とは神様そのものではなく、神様が降臨するための依り代のはず。なんか違うように思えてなりませんが、どうしたものか…。まあ、石を御神体として祀る石神様もあるので良しとしておきます。

とにかく豊満神社は依智秦氏と深い関係のある神社と考えて間違いなさそうです。けれども確証はないので、どこかに解説文がないかさらに探してみます。
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酔石亭主

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