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美濃国分寺


車を走らせていると、北側にやたら広い公園らしきものが見えてきました。美濃国分寺跡です。ちょっとだけ寄ってみましょう。


位置を示すグーグル画像。

国分寺の南側は東山道で北側は伊吹山から派生する青野山となっています。

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美濃国分寺跡。

写真撮影していると急に雨が降ってきました。ここから南に位置する大垣の市内は晴れているのに、伊吹山方面からは雲が押し寄せています。関ヶ原は裏日本(この表記は好きではないのですが便宜的に使用します)から表日本へと季節風が吹き抜ける狭い通路となっており、そうした気象的現象がこの日も見られたことになります。

このような気象傾向は冬に顕著となります。冬に新幹線に乗って快晴の名古屋を過ぎ関ヶ原に近づくと、一転俄かに掻き曇り、雪が降ってきて、時に新幹線も徐行運転を余儀なくされます。そうしたケースは何度も経験していますが、関ヶ原町は裏日本性気候が優勢となっており積雪量も多くなっているのです。

関ヶ原は気象のせめぎあいだけでなく、古代から様々なせめぎあいのあった場所です。例えば日本武尊は伊吹山の神の毒気に当てられて、最後には死んでしまいます。壬申の乱においては、不破関付近の不破道が激闘の場となりました。戦国時代の終わりを告げる関ヶ原の戦いもこの場所です。ちょっと不思議な感じがしませんか?それはさて置き、国分寺に関して見ていきましょう。

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国分寺の解説板。読めるように画像サイズを大きくしています。

美濃国分寺跡の写真をもう一度ご覧下さい。どうも国分寺跡の背後に見えるお寺が気になります。広大な敷地の背後、青野山の麓に何やら奇妙な形状の建物が見えています。お寺のようですが…。

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お寺の拡大画像。

これも画像サイズを大きくしました。何となくシュールな形をしています。面白そうなので行ってみましょう。

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やはりお寺でした。

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もう一枚。

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解説板。

これだけではよくわかりません。手抜きですが、以下Wikipediaより引用します。

美濃国分寺(みのこくぶんじ)は、岐阜県大垣市にある仏教寺院で、高野山真言宗の準別格本山である。山号は金銀山。詳名は金銀山瑠璃光院国分寺。本尊は薬師如来。
現在の美濃国分寺は江戸時代初期の再興。西美濃三十三霊場満願札所。741年(天平13年)、聖武天皇により国分寺建立の詔が発せられる。美濃国分寺は美濃国府中(現:不破郡垂井町)に近い青野ヶ原(現大垣市)に建立される。775年(宝亀6年)に暴風雨で破損したという記録があり、この頃には建立されていたと推測される。
887年(仁和3年)、火災で焼失。本尊などは運び出され、一時美濃国席田郡(後の本巣郡の一部)の定額尼寺(旧糸貫町、現本巣市に存在と推測される)に移転する。再び元の地に再建され、1004年(寛弘元年)、美濃国司源頼光により修復されたという記録がある。しかし、南北朝時代の1338年(延元3年/暦応元年)の青野原の戦いなどの戦乱で焼失し、本尊も行方不明となる。
本尊薬師如来像は、江戸時代初期、真教上人が土中から見出したものと伝える。1615年(元和元年)、旧美濃国分寺の北東に、金銀山瑠璃光院美濃国分寺として再興される。


美濃国分寺は江戸時代に再興されたものとのことです。建物は新しいようで、奇妙に見えた部分は奥の院に行くためのコンクリの屋根付き階段でした。遠目には面白いものの、特に撮影するほどのものではないので写真はありません。

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