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熱田神宮 その7

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07 /15 2014

熱田神宮の謎に関しては以前かなり長いシリーズで書いています。読み直してみると考えが粗い部分もあって、気落ちしそうになりますが、それはそれで当時のレベルを示すものなので良しとしたいと思っています。神社の創建から現在に至る歴史については、参道脇に簡潔な内容で書かれた10枚以上分の解説板が掲示されており、参考になるので、アップします。

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「はじめに」の部分。

簡潔で要領よく纏められています。ただ、細かく見ていくと疑問が数多く湧いてくるのも事実です。例えば創建から1900年と書かれていますが、熱田神宮史料には大化2年とあり、その他も参照すると大化元年から3年の間に創建されたものと理解されます。詳しくは「熱田神宮の謎を解く」シリーズを参照ください。大化元年は645年なので、創建から1400年も経過していないことになります。

さらに鏡が宮中から出る経緯も、実に多くの考慮すべき問題を孕んでおり、尾張氏発祥の謎に関係してくると推察されます。こうした問題は別途「尾張氏の謎を解く」の記事カテゴリを立てシリーズにて書いていこうと思っていますが、取り掛かれるのは秋以降となりそうです。

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祭神の部分。

この部分も様々な問題を孕んでいます。最初に、「祭神」の熱田大神とは、三種の神器の一つである草薙神剣を御霊代(みたましろ)としてよせられる天照大神のことです。と書かれています。これだけではなかなか意味が通じにくいと思いますので、平易に書き直してみましょう。

まず私たちが神社に参拝するのは、通常そこにいらっしゃる神様にお願いごとをするためと思っているはずです。ところが神様は天上界にいらっしゃるので、神社自体は空っぽの状態となっています。そこで神様にお出ましいただくため、柏手(かしわで)を打つことになります。

神様が私たちの願いに応じて天上界から地上界に降臨(示現)するに当たり、何らかの目印(媒体)が必要となります。それが依代(よりしろ、=霊代)と呼ばれるもので、自然物では樹木や石、人工物では御幣や鏡などがそれに当たります。広義には神社の建物自体、神域全体も依代と言えるでしょう。

つまり、「草薙神剣を御霊代としてよせられる天照大神」とは、草薙神剣を依代にして天上界から降臨される天照大神を意味します。けれども、なぜこのようなややこしい書き方をするのでしょう?それを知るヒントに相殿があります。相殿とは主祭神に加えて、別の神様(相殿神)を合祀(ごうし)することを意味しています。その最初が天照大神になっていますね。

これを見ただけで混乱させられてしまいます。主祭神は天照大神なのに、相殿神も天照大神とはどう言うことでしょう?まさか双子の神様だったなんてあり得ないですね。となると、どこかに無理があり、その無理が生じた背景を探ると、様々な古代史の謎に繋がってくることになりそうです。

そもそも熱田神宮は尾張氏の神社のはずなのに、なぜ熱田大神が天照大神になってしまったのでしょう?それは多分、熱田神宮が伊勢神宮の系列下に置かれたことにより生じたのだと理解されます。もっとシンプルに、熱田神宮に祀られている神は草薙神剣と考えれば良さそうですが、相殿神も含め諸説あってわかりにくい状態となっています。

他にも疑問があります。伊勢神宮における天照大神の御霊代(ご神体)は鏡(八咫の鏡)のはずで、それが熱田神宮では草薙神剣になっているのです。依代が異なると偉い神様でも戸惑うのではないでしょうか?これもまた無理な操作によった生じた矛盾と考えられるのですが…。

これらに関しては「熱田神宮の謎を解く」シリーズを参照ください。熱田神宮の解説板は次回以降も続きます。
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酔石亭主

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