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尾張氏の謎を解く その24


今回は鏡作坐天照御魂神社の由緒を検討します。

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解説板。由緒内容の主要部分は以下の通り。

第十代崇神天皇のころ、三種の神器の一なる八咫鏡を皇居の内にお祀りすることは畏れ多いとして、まず倭の笠縫邑にお祀りし(伊勢神宮の起源)、更に別の鏡をおつくりになった。社伝によると、「崇神天皇六年九月三日、この地において日御像の鏡を鋳造し、天照大神の御魂となす。今の内侍所の神鏡是なり。本社は其の(試鋳せられた)像鏡を天照国照彦火明命として祀れるもので、この地を号して鏡作と言ふ。」とあり、ご祭神は鏡作三所大明神として称えられていた。古代から江戸時代にかけて、このあたりに鏡作師が住み、鏡池で身をきよめ鏡作りに励んだといい、鏡の神様としては全国で最も由緒の深い神社である。

(注:内侍所は八咫鏡を天照大神の御魂として安置しお祀りするための場所です。日御像(ひのみかた)とは太陽神であらせられる天照大神のおんすがた、とでも言えるでしょうか)

この由緒の中に必要事項はほぼ語り尽くされています。天照大神が宮中から外に出たとは、皇居内に祀られていた八咫鏡(やたのかがみ)を外に出したという意味でした。八咫鏡は天照大神が降臨するための依代(よりしろ、神霊が地上に降臨し示現するための目印=媒体)のはずですが、この場合ほとんど八咫鏡=天照大神として扱われています。そして伊勢神宮に安置された八咫鏡のコピーが宮中の内侍所で祀られることになりました。

話を少しそらせます。天照大神が八咫鏡だとすれば、同時に宮中を出た倭大国魂神の霊代は何になるのでしょう?三種の神器の残る二つは草薙神剣と八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)で、このどちらかになるはずです。一方「古語拾遺」によれば八咫鏡のコピーが作られた際、もう一つの草薙神剣(形代)が作られたとのことです。

となると、倭大国魂神の霊代は草薙神剣となるはずですが、この神が草薙神剣と直接関係することはありません。倭大国魂神を祀る大和神社(おおやまとじんじゃ)において、倭大国魂神の御神体は八尺瓊とされていることから、倭大国魂神の霊代が八尺瓊勾玉であるのは間違いなさそうです。それがなぜ、「古語拾遺」にもう一つの草薙神剣(形代)が作られたと書かれているのでしょう?

これは理解しがたいのですが、様々な変転のあった草薙神剣のありようと関係してくるのではと思われます。草薙神剣は伊勢において倭姫命から日本武尊に手渡されました。この話と辻褄を合わせるためには、オリジナルの神剣が伊勢神宮で祀られている必要があり、「古語拾遺」(807年の編纂)にもう一つの草薙神剣(形代)が作られたと言う話が付け加えられた可能性が出てきます。草薙神剣は出雲族、物部氏、尾張氏などが関与し複数あると考えられますが、きれいに筋道を付けるのは非常に難しそうで、その追求はまたの機会にしたいと思います。大和神社の鎮座に至る経緯は以下の同社ホームページ記事を参照ください。
http://www5.plala.or.jp/ooyamato/

話を元に戻します。次の文面、「本社は其の(試鋳せられた)像鏡を天照国照彦火明命として祀れるもので」が最も重要な部分です。由緒によれば、八咫鏡のコピー(複製品)を作る際の試作鏡が鏡作坐天照御魂神社で天火明命として祀られていたことになります。「その22」において、天火明命は鏡だったとの仮説を立てましたが、何と事前の想定通り天火明命は鏡だったのです。鏡の製作場所はもちろん鏡作郷内となるはずです。

既に書いたように、ニギハヤヒが天火明命と同一神とされるのは、彼が大和に天下る際、辺津鏡と沖津鏡を肌身離さず携えていたからに他なりません。ニギハヤヒが鏡(=天火明命)を見れば映っているのは自分自身ですから、その意味でもニギハヤヒと天火明命は同一神と見なせます。籠神社の祭神が天火明命とされるのは、神社の神宝が辺津鏡と沖津鏡だったからです。天火明命が伝承墓を持たないのも、彼が鏡であったとすれば納得されます。古代人はそれを知っていたので、天火明命の墓が言い伝えられることなどなかったのです。

日本各地に鎮座する天照御魂の名前が入った神社の祭神は、基本的に天火明命となっています。もう理由はわかりますね。天照御魂とは鏡作坐天照御魂神社の由緒に「日御像の鏡を鋳造し、天照大神の御魂となす。」と書かれているように鏡に他ならず、天照御魂=鏡=天火明命だから天照御魂の名前が入った神社の祭神は自動的に天火明命となるのです。以下に具体例を挙げましょう。

天照御魂の名前が入った神社で祭神を天火明命とするのは鏡作坐天照御魂神社以外にも何社かあり、摂津国の新屋坐天照御魂神社、播磨国の粒坐天照御魂神社などです。山城国の木嶋坐天照御魂神社は秦氏系の神社ですが、「神社志料」は祭神を天火明命としています。大和国の他田坐天照御魂神社には天火明命説があります。前回で書いた水主神社の祭神は天照御魂神で、同社の由緒によれば、「天照御魂神は即ち火明命にて氏の高祖なり」とあります。天照御魂(=鏡)は天火明命であることが、この由緒からも理解されますね。

今回の検討により、鏡=天火明命であることが確定しました。よって、天火明命や天香山命が尾張に来たと言う伝承は、誰かが鏡を尾張に持ち込んだことを意味すると考えられます。でも誰が…?

                      尾張氏の謎を解く その25に続く

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