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尾張氏の謎を解く その35

尾張氏の謎を解く
01 /19 2015

前回で元伊勢第一号の笠縫邑は秦楽寺境内一帯以外にないと確認されました。さらに、犬山市の東之宮古墳からは鏡作坐天照御魂神社の三角縁神獣鏡の同笵鏡(同じ鋳型で製作された鏡)が出土しています。この古墳を築造したのは爾波(にわ)縣主とされますが、彼らは多氏の流れであり、太陽信仰を持つ多氏の関係氏族に鏡作坐天照御魂神社の三角縁神獣鏡の同笵鏡が下賜されたのは一定の必然性があると思われます。

話は変わりますが、東之宮古墳の三角縁神獣鏡に関して衝撃的なニュースが伝えられました。この鏡の3Dレプリカを製作して鏡面に太陽光を当て壁に反射させると、裏面の文様を映し出す「魔鏡」だったことが判明したのです。詳細は以下の産経ニュース記事を参照ください。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/140129/wlf14012917170013-n1.htm

なお記事タイトルは「卑弥呼の鏡は「魔鏡」」ですが、東之宮古墳の三角縁神獣鏡の元になる鏡は崇神天皇の時代に製作されたものであり、卑弥呼の鏡でないことは明白です。全国各地から出土している三角縁神獣鏡に関しても、崇神天皇期から景行天皇期の4世紀前半に日本で製作されたものと考えてほぼ間違いなさそうです。(注:もちろん専門家の間でも諸説あり、決着に至ってはいませんが…)

参考までに、天火明命を祖とする氏族に関して「新撰姓氏録」より拾っていきます。(注:同じ尾張氏(尾張連)で系統が異なるものもありますが、ここでは無視します)

尾張宿祢、尾張連、伊福部宿祢、伊福部連、湯母竹田連、竹田川辺連、石作連、檜前舎人連、榎室連、丹比須布、丹比宿祢、襷丹治比宿祢、丹比連、蝮王許首、蝮部、但馬海直、大炊刑部造、刑部首、忍坂連、坂合部宿祢、伊與部、六人部、六人部連、身人部連、三富部、子部、  朝來直、若倭部、川上首、水主直、工造、津守宿祢、津守連、網津守連、若犬養宿祢、笛吹、  吹田連、五百木部連、椋連、綺連、凡海連、山代直、山首、川内漢人

他に籠神社の社家である海部氏と掃部氏など。各務原の豪族・村国氏も天火明命を祖神とする可能性があります。

以上、天照大神の御魂(=天照御魂)は鏡であり、天火明命であり、八咫鏡は秦楽寺一帯の笠縫邑に持ち込まれてコピーが製作され、コピーの試作鏡が鏡作坐天照御魂神社に祀られ天火明命と称されていたことになります。鏡作坐天照御魂神社の神宝である三角縁神獣鏡の同笵鏡は、愛知県犬山市の東之宮古墳で出土していました。これで大和国と尾張国が接続する回路も開かれたと言えるでしょう。この点に関して「その25」で以下のように書いています。

四道将軍に象徴される皇族に率いられた遠征部隊の主力・伊福部氏が、鏡(=天火明命)を奉じで美濃や尾張に向かったことに起因して、天火明命や天香山命が高尾張邑から尾張に来たとの伝承が生じたと考えられるのです。これは現時点における仮説ですが、今後はこの仮説をベースに尾張氏発祥の謎の検討を進めたいと思います。

四道将軍とは、北陸に派遣された大彦命(おおびこのみこと)、東海に派遣された武渟川別命(たけぬなかわわけのみこと)、西道に派遣された吉備津彦命(きびつひこのみこと)、丹波(後の丹波国、丹後国、但馬国)に派遣された丹波道主命(たんばみちぬしのみこと)の4人を指しています。

尾張と関係しそうなのは武渟川別命ですが、どうもその痕跡が見当たりません。「古事記」では武渟川別命に関して「東方十二道」に派遣されたとあり、これは伊勢から陸奥に至る間の十二国を意味しているので、尾張とはあまり関係なさそうな雰囲気です。酔石亭主はむしろ丹波道主命が候補になりそうな気がしています。丹波道主命は丹波国の主となる男と言う意味でしょう。名前の中にある「道」は東山道などの道ではなく、北海道の道と同じで、ある地域全体を表していると思われます。いずれにしても、この問題は追って検討します。

今のところ美濃・尾張に派遣された東方遠征部隊のリーダーは誰か明確ではありませんが、鏡(=天火明命)を奉じて進軍した彼らは鏡作郷周辺から或いはこの地に立ち寄ってから出発したようにも思えます。

ここまでを纏めてみます。まず、高尾張邑は尾張氏の発祥地ではありませんでした。尾張氏の祖神とされる天火明命の実体は鏡でした。鏡が天火明命と称されるようになったのは、崇神天皇の時代、天照大神(八咫鏡)が宮中から外に出され、鏡作坐天照御魂神社が鎮座する鏡作郷近辺にて八咫鏡のコピーの試作鏡が作られたことに起因しています。よって元伊勢第一号の笠縫邑は、太陽信仰に関連する多神社、秦楽寺、鏡作坐天照御魂神社の中心に位置する秦楽寺周辺一帯となります。

本来尾張氏の祖神ではなかった天火明命が尾張氏の祖神となったのは、天皇家の系図捏造に加担した見返りの意味があります。けれども、そうなるには天火明命(=鏡)が尾張に来ていなければなりません。崇神天皇は日本各地に四道将軍に象徴される遠征部隊を派遣しました。その流れの中に、鏡が尾張に持ち込まれた事実が組み込まれていると推定されます。この推定は次回以降で検証が必要ですが、いずれにしても崇神天皇は尾張氏のありようを決定付けた存在で、尾張氏にとっていかに重要な天皇であったかが理解されます。

鏡を奉じ尾張に向かった遠征部隊は伊福部氏が主力で、近江・美濃を経由して尾張に至ったと推定されます。これはあくまで現段階における推定に過ぎないので、次回以降で裏付けを取る要があります。

随分寄り道をしたようですが、ようやく四道将軍に象徴される東方遠征部隊の移動ルートを探索する段階に至りました。部隊を率いるのは多分皇族の一人で、主力は伊福部氏。その想定が正しいかどうか、彼らの動向を探るため大和を出て近江国に向かいましょう。

                   尾張氏の謎を解く その36に続く
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酔石亭主

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