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椿大神社


暑い毎日が続いています。今年の夏はただでさえ暑すぎるのに、オリンピックの新国立競技場やロゴの問題で何かと騒がしく、戦後70年の総理談話でもあれこれ騒がしいものがあり、余計暑苦しく感じさせられました。以前にも書いていますが、そもそもオリンピックの開催時期を7月から8月にすること自体大反対です。開会式の頃は梅雨の末期で豪雨の恐れがあり、梅雨明けとなれば今年以上に蒸し暑い夏になるのではと懸念されます。商業主義を優先しての夏開催は納得できません。IOCとJOCは今からでも遅くないので、開催時期を秋にずらす決定をすべきです。

さて、そんな暑さから逃れるため、先月の話ではありますが女房殿と御在所岳に行ってきました。最初に向かったのは以前から気になっていた椿大神社(つばきおおかみやしろ)です。高速道路からも見える赤い大鳥居に、その格式の高さが窺えます。それもそのはず、同社は伊勢国一宮なのです。(注:伊勢神宮は格付けの対象外)

と言うことで、早速椿大神社に行ってみましょう。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

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赤い大鳥居です。

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鳥居。この鳥居の先を右に曲がると境内です。

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手水舎。手前には立派な杉の巨木。

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参道。

数百年を経たと思われる杉の巨木が何本も聳え立ち神域感を高めています。ここはパワースポットとしても有名なようです。

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境内案内図。画像サイズを大きくしています。

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参道をもう一枚。

同社の鎮座地は三重県鈴鹿市山本町字御旅1871。主祭神は猿田彦大神で、相殿に瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)と栲幡千千姫命(たくはたちぢひめのみこと、瓊瓊杵尊の母神)を祀っており、猿田彦大神の妻となる天之鈿女命と木花咲耶姫命が配祀されています。また前座には行満大明神(ぎょうまんだいみょうじん)が祀られているとのこと。猿田彦命は天孫である瓊瓊杵尊が降臨する際に先導した神ですから、瓊瓊杵尊が相殿で祀られるのは理解できます。

椿大神社の創建は垂仁天皇27年で、倭姫命に下った神託により、猿田彦大神の墳墓の近くに「道別大神の社」として社殿が造営されたのが始まりとされています。けれども、それ以前から磐座信仰や神社背後の入道ヶ岳を神体山とする信仰があったものと思われます。詳細は椿大神社のホームページを参照ください。
http://www.tsubaki.or.jp/yuisyo/

なお、社伝によれば、猿田彦大神の末裔に修験道の開祖とされる行満(大明神)がいて、現在の宮司(山本神主家)は行満(大明神)の末裔とのことです。(注:同社ホームページにはそうした内容の記載はありません)となると、籠神社同様に非常に長い時代を経てきた神主家となりそうですが、系図はあるのでしょうか?

「姓名と家紋」と言うホームページには以下の記載がありました。
http://www.harimaya.com/o_kamon1/seisi/best10/yamamoto.html

ヤマモト氏は山麓に住み、山の神のお告げを伝える役目を担った山人であったと考えられている。いわゆる山岳信仰と関係があったようで、山本氏に神主が多いのもそのためとみられる。たとえば、京都上賀茂神社の神職家は常陸大掾氏の一族、伊勢神宮内の荒木田一族、外宮の度会一族など、伝統の格式を誇る大社に山本氏族の神職がみられる。

猿田彦命は天孫・瓊瓊杵尊の降臨を先導していますが、こうした属性は子孫にも受け継がれたようで、垂仁天皇の27年、天照大神が伊勢に鎮座されるに当たり、猿田彦命の末裔となる大田命が、宇治の五十鈴の河上は、日本国の中の特に優れた霊地だとして、この地を献上しています。

大田命の子孫は宇治土公(うじのつちぎみ)と称し、「玉串大内人(たまぐしおおうちんど)」という特別な職に任ぜられ、式年遷宮で心御柱と御船代を造り奉るなど、伊勢神宮に奉職してきました。詳細は以下の猿田彦神社ホームページを参照ください。
http://www.sarutahikojinja.or.jp/about/

さてそうなると、椿大神社の山本神主家、猿田彦神社の宇治土公家のいずれも、猿田彦命と大田命の末裔になってしまいます。どちらが本当なのか決めかねますが、山本神主家の場合、「姓名と家紋」の記述から判断して、山岳信仰や磐座信仰、山岳修験などから発生してきた氏族のようにも思えます。よって宇治土公家が優位のようですが、一つの材料だけで即断はできず、この問題に答えを出すのは難しそうです。

神話においては、天の八衢(あめのやちまた)にいた猿田彦命が瓊瓊杵尊の降臨を先導しました。この話と、天照大神が伊勢に鎮座する際猿田彦命の末裔・大田命が五十鈴の河上を献上する話は、既に書いたように似通ったものがあります。

言い換えれば、猿田彦命の末裔である大田命が天照大神に五十鈴の河上を献上する話が天上界に投影されて、猿田彦命が瓊瓊杵尊の降臨を先導した話が作られたようにも感じられるのです。もちろん天孫降臨は、天孫が日本の正統な支配者であることを強調するためのストーリーが主な内容であり、大田命が天照大神に五十鈴の河上を献上する話が投影されている割合は少ないと考えざるを得ませんが…。

次回も椿大神社を続けます。
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