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岐阜市の建物探訪 その2

建物探訪
09 /19 2015

今回は日本三大大仏の一つに数えられる、岐阜大仏(正法寺)を訪問します。所在地は岐阜県岐阜市大仏町8で、位置関係は前回アップしたグーグル地図画像を参照ください。

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大仏殿です。

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大仏殿をズーム。

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さらにズーム。

中国的な雰囲気が漂っており、建物探訪の対象としては実に面白く感じられます。この大仏殿の完成は1800年なので、現在までに200年以上も経過しています。現代の建築と異なり一定の時代感もありますね。

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岐阜大仏です。

正面から撮影しました。像高13.63mで鎌倉大仏(11.39m)より高くなっています。ただ、室内にあるので鎌倉大仏の方が高く見える気がします。

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お顔をズーム。鎌倉大仏の方が美男におわします、ような気もします…。

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横から見上げます。さすがに天井が高い。

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位置を変えて横から見上げます。

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拡大します。正面とは雰囲気が異なるように感じられます。

でも、なぜここに大仏が建立されたのでしょう?江戸時代のことですが、金鳳山正法寺の第11代惟中和尚は、相次ぐ災害で多くの人々が亡くなるのに心を痛めていました。そうした人々の菩提を弔うため、和尚は大釈迦如来像の建立を発願し、各地を托鉢します。けれども、志半ばにして亡くなり建設作業は中断。第12代がその志を継いで1832年(天保3年)に完成させました。発願から建立までに実に38年の歳月を費やしたそうです。

国家的事業である東大寺の大仏や、鎌倉幕府、忍性などが関与したと思われる鎌倉大仏との比較はできませんが、岐阜大仏建立に至る経緯や、建立を発願して個人で建築に取り掛かった和尚の志を思うと、日本三大大仏の一つと称しても違和感はありません。
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酔石亭主

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