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尾張氏の謎を解く その135

尾張氏の謎を解く
12 /28 2015

今回は愛知郡の式内社・伊副神社の論社とされる徳重熊野社を訪問します。鎮座地は名古屋市緑区鳴海町字神ノ倉2。鎮座地の画像は前回を参照ください。

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徳重熊野社の社号標と参道。

なかなか趣のある参道ですが、車の通行量が多い道路に面しています。けれども、社殿は山の上になりますので、道路の喧騒は届かず落ち着いた雰囲気での参拝が可能です。

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鳥居。

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二の鳥居。この先から坂道となります。

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参道の坂。

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社殿が近くなると一気に急な坂となります。

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途中に水場がありました。

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鳥居と拝殿。

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拝殿。

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本殿。

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立派な境内社。

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由緒の解説石板。画像サイズを大きくしています。

あまりにも簡単な由緒です。「創祀は延喜式内社と思われる。」と書かれている部分は意味不明ですが、延喜式神名帳が延長5年(927年)に編纂されたものなので、それ以前の古社だと主張しているように思われます。

またこの場合の式内社は、祭神に伊副利部連命(イフクリヘムラジのミコト)がいることから尾張国愛知郡(実際には中島郡)の式内社・伊副神社を指しているものと推定されます。でも、草部神社と同様のとは言いませんが、もう少し丁寧な解説にしてほしいですね。

徳重熊野社に伊福部氏の関与があるのは祭神からも窺えますが、この神社がどのように位置付けられるのかは、由緒を見ても明確ではありません。次回訪問の富士浅間神社である程度見通せればいいのですが…。

                尾張氏の謎を解く その136に続く
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酔石亭主

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