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近江探訪 その57

近江探訪
12 /28 2016

歩いていると、石仏だけでなく仏足石までありました。

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仏足石です。

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解説板。画像サイズを大きくしています。

室町時代中期のもので、石垣に使われていたとのこと。珍しいものですね。次はいよいよ安土城の中枢部になります。

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本丸跡。

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本丸跡の解説板。画像サイズを大きくしています。

こちらが本丸御殿とのことです。となると、信長はここで日常生活を送っていたのでしょうか?水や食料は麓から運び上げていたのでしょうか?煮炊きの作業者など、多数の下働きに人たちはどこで寝起きしていたのでしょうね?解説板には御殿の建物が天皇のお住まいである内裏清涼殿によく似ていることから、信長は天皇の行幸を計画していたのでは、と言った趣旨で書かれています。もしこれが天皇の行幸御殿だったとすれば、ここは信長の日常生活の場ではないことになります。では、信長は普段どこにいたのでしょう?

また、天皇の行幸御殿が天主閣の足下にあるのも、納得し難いものがあります。もしかしたら、信長は自分を天皇と同等或いはそれ以上の存在と考えて、本丸御殿を建築させたのかもしれません。一般的には城の権威を象徴するものが天守閣ですが、安土城のみが天守閣ではなく、天主閣と表記されるのも、そうした見方を裏付けるように思えてきます。本丸御殿が行幸御殿であるにせよ、清涼殿によく似た信長の日常生活の場であるにせよ、それより高い位置に天主閣が聳えている以上、彼は自分が天皇をも超える存在と考えていたのでしょう。

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天主閣跡へと向かう石段。

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あと数歩で天主閣の跡地となります。
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酔石亭主

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