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近江探訪 その69

近江探訪
01 /17 2017

彦根城を続けます。

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二の丸三重櫓です。

壁はきれいに塗りなおされていました。建物が古くなれば改修工事をせざるを得ないのはよく理解できます。けれども、壁を塗りなおすと数百年にわたる時代感は失われてしまいます。水石などでも、数十年にわたり水をかけ、養石(時代感をつける)することで石の価値は上がります。それをある日、バレル研磨などで磨いてしまったら、山水景情石としての価値は一気に下がってしまうでしょう。古い建物に関しても同じような感覚に捉われてしまうのは、酔石亭主だけなのでしょうか?

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三重櫓の解説板。

彦根城からは周囲の光景を見渡せます。彦根市一帯はどんな景色が広がっているのでしょうか?おや、遥か遠くに金閣寺のような建物が見えています。

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金閣寺もどきの建物。

やや遠いので鮮明な画像にはならないものの、金閣寺によく似ています。けれども、こんな場所に金閣寺などあるはずがありません。個人が造った金閣寺もどきの建物で、佐和山遊園と言う場所のようです。建物は金箔ではなく、金色のアクリル板が貼られているとのこと。さぞ多額の費用が掛かったことでしょう。残念なことに、現在は閉鎖されて中を見ることはできません。次に琵琶湖側に目を向けます。

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多景島です。画像サイズを大きくしています。

見る位置によって景観が変わるので、多景島と呼ばれるそうです。この島は花崗岩で成り立っており、かつては竹が多く自生していたので竹島と呼ばれていたそうです。多景島の名前も竹島が転じたか竹島の名前を生かして多景島にしたのではと思います。多景島に関しては、「蒲郡探訪 その10」で蒲郡市の竹島との関連を書いています。

竹島に鎮座する八百富神社は藤原俊成が竹生島から勧請したとされます。けれども、琵琶湖の多景島(竹島)から勧請し、境内に植えられている竹も元々はこちらから移植されたとも考えられます。両方の島の名前が同じであることから、そう考えた方が筋が通ると思えませんか?もちろん、多景島に弁財天が祀られていたかどうかは不明ですが…。 

また竹生島の地名は本来神を斎き祀る斎部島(いくつべのしま、いつきべのしま)が元になっており、竹は関係ありません。この島には都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)が鎮座していますが、「いくつべのしま」が転じて「つくぶすま」になり、「つくぶすま」が竹生島(ちくぶしま)に転じたと考えられます。以上、多景島は弥生時代からご神体として崇拝され、かつては竹島で竹が自生していたことから、蒲郡の竹島は琵琶湖の多景島と関係する可能性が5割程度はありそうです。

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かすんで見えるのが伊吹山です。
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酔石亭主

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