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近江探訪 その83


町並み巡りを終えて、彦根城の東側に位置する佐和山の山麓に向かいます。この一帯には幾つものお寺があり、どれも見どころがありそうです。まず最初に天寧寺を訪問しましょう。


天寧寺の位置を示すグーグル地図画像。五百らかんとあるのが天寧寺。

チャリンコを走らせていると何やら立派な門構えのお店が見えてきました。

DSCN1753_convert_20170206081342.jpg
やす井とあります。

DSCN1754_convert_20170206081438.jpg
中を少し覗いてみると玄関に通じる見事なお庭。

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もう一枚。

こちらは料亭旅館やす井でした。さすが彦根市、これほどの料亭旅館があるとは驚きです。詳細は以下のやす井ホームページを参照ください。
http://www.ryoutei-yasui.jp/

しばし走ると、天寧寺に到着しました。

DSCN1756_convert_20170206081646.jpg
羅漢堂(仏堂)です。立派な建物です。

DSCN1757_convert_20170206081736.jpg
位置を変えて撮影。

DSCN1768_convert_20170206081827.jpg
解説板です。

建立の事情がちょっと変わっていますね。腰元に不始末があったので手打ちにしたが自分の過失とわかり、腰元の供養のために建てられたとか。もう少し詳しい事情をチェックするため、以下Wikipediaより引用します。

文政2年(1819年)、彦根城下・上藪下の宗徳寺が移転し、文政5年(1822年)頃、寺号を変えて成立した。移転以前の文化8年(1811年)に本堂が、その後、文政11年(1828年)に羅漢堂(仏堂)が建てられた。井伊氏11代直中が、宗徳寺移転と堂宇建設を行った。伝承によると、腰元・若竹が不義の子を妊娠したとの風評を耳にしたため藩の法度として死罪に処したところ、不義の相手が長子・直清だったことが判明し、母子の追善供養のため寂室堅光に相談して造らせたという。

上記の事情通りだったとすれば、全くとんでもない話ですね。
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