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尾張と遠賀川流域の謎を解く その17


前回で立屋敷八剣神社は本城から分祀されたと確認できました。今回は「太宰管内志」に書かれた他の八剣神社の記事やその他の情報もチェックし、遠賀川流域の八剣神社が熱田神宮から勧請されたものかどうかを見ていきましょう。

本城八剣神社に近い北九州市若松区塩屋鎮座の塩屋八剣神社は同社解説板によると本城からの勧請になっており、元は熱田神宮と確認されます。北九州市若松区小敷鎮座の小敷八剣神社は不詳となっていますが、鎮座地から判断すると塩屋同様本城よりの勧請でほぼ間違いないと思われます。祭神はいずれも日本武尊です。

今古賀八剣神社と広渡八剣神社は江戸時代に立屋敷八剣神社より分祀・勧請されていますので、こちらも元は熱田神宮で、祭神は日本武尊です。立屋敷八剣神社には日本武尊に加えて砧姫が祀られている関係からか、今古賀は二道入姫尊(日本武尊の妃)、広渡は豊受姫命が祭神に加わっています。以上、少なくとも遠賀川河口付近の各八剣神社は本城から分祀・勧請されたもので、祭神は日本武尊が基本になると言ってよさそうです。

遠賀川河口域から中流域に移りましょう。鞍手郡鞍手町中山に鎮座する中山八剣神社も社伝には、熱田の号に本つき八剣大明神と崇め奉り、と言った内容が見られます。ただ、社伝全体には幾つかの問題点もありそうなので、別途の検討が必要です。直方市下新入に鎮座する新入剣神社に関しては、「太宰管内志」に表題が八剣神社とあり、記事内容には、新入郷剣神社は尾張熱田宮を祝へり、との記載がありました。詳細は「太宰管内志」のコマ番号312を参照ください。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/766660

新入剣神社の現在の社名は剣神社です。ところが「太宰管内志」には、表題部分が新入八剣神社と記載され、記事部分を見ると剣大明神や剣神社になっています。更にチェックするため同社のホームページを参照したところ、戦国時代には、…中略…社殿を「紫竹原」に遷座造営し熱田神宮より日本武尊を相殿に奉祀して「八劔大神」と称えました。と書かれていました。立屋敷八剣神社の由緒にある、後に「八剱大明神」と改称。とほとんど同じ形ですね。新入剣神社の由緒は以下のホームページを参照ください。
http://www.tsurugijinja.jp/0949(22)2682?pScpage02

由緒によると、新入剣神社は戦国時代に熱田神宮より日本武尊を相殿に奉祀して「八劔大神」と称えていることから、本城の八剣神社とは直接的関係はなさそうです。同社の場合、往古は「倉師大明神(くらじだいみょうじん)」と称えられ、六ヶ嶽の東嶺「天上嶽」に鎮座していたとのこと。倉師(くらじ)は高倉下(たかくらじ)と関係する可能性もあり、その創立は北九州の武人とは無関係でした。

新入の場合は当初の祭神が北九州の武人ではなく、プレ物部氏系と推定される倉師大明神だったことから、1185年段階で上書きされなかったものと思われます。源範頼もこの辺の事情をよく理解して上書き作業を進めたのかもしれません。やや不審に思えるのは、現在の祭神に倉師大明神の名前がないことです。戦国時代まで下れば、物部氏云々も全く関係なくなるので、倉師大明神をあっさり消し去って日本武尊に置き換えてしまったのでしょうか?実情はともかくとして、そう考えれば筋は通ります。同社に関しては「福岡県神社誌」のコマ番号212にも記載されているので、以下を参照ください。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1040130/212

続いて鞍手郡鞍手町新延に鎮座する新延剣神社をざっと見ていきます。「太宰管内志」(コマ番号311)をチェックしたところ、同社に関する記事の表題は新延八劒ノ神社となっていました。熱田神社の金川宮司宅で拝見させて頂いた先々代の手書き史料(昭和13年頃のもの推定される)には、尾張の熱田宮より勧請 第13代成務天皇の6年9月に始めてこの地に勧請せり、と書かれています。

熱田神宮の実際の鎮座は、史料によって若干の違いがありますが、大化元年(645年)から大化3年の間となるので、成務天皇の時代に熱田神宮から勧請することは不可能です。それはともかくとして、尾張側からの影響がある点は確認されますね。なお、同社祭神に関して「福岡県神社誌」(コマ番号193)を参照したところ、素戔嗚尊、日本武尊、宮簀媛命となっていました。

「太宰管内志」は鞍手郡鞍手町木月鎮座の木月剣神社(コマ番号314)に関して、表題を木月八劒神社と書き、内容面では木月村劒大明神社としています。祭神は新延剣神社と同じで素戔嗚尊、日本武尊、宮簀媛命でした。熱田神宮から勧請したとの記述は見当たりません。創建は794年で、平安京への遷都があった年となっています。これにどんな意味があるのかは不明です。

遠賀郡岡垣町高倉に鎮座する高倉神社は草薙神剣盗難事件に関連して、その剣を留め置いたので熱田に倣って俗説には当社をも八剣宮と申し奉るなり。との所伝があり、熱田神宮との関係が明確に書かれています。この所伝は全体ではかなり長く、後で詳しい検討が必要です。

以上、本城周辺や遠賀川河口付近に鎮座する八剣神社各社は、源範頼が熱田神宮から本城に勧請し、そこから分祀されたものと見て間違いなさそうです。ところが、遠賀川中流域の鞍手郡鞍手町まで遡ると様相が異なってきます。それが鞍手郡鞍手町などに鎮座する剣神社各社です。剣神社は、社名から判断して剣岳山頂に鎮座していた祠が山麓の各村に分祀されたものと思われます。ではなぜ新入、新延、木月の剣神社は、「太宰管内志」の表題では八剣神社となっているのでしょう?実に不可解ですね。この矛盾を解くには、剣岳周辺の各社は、剣岳と本城の両方の影響を受けているとするしかありません。

影響度の濃淡はあるものの、剣神社各社は本城の八剣神社と剣岳の双方の影響を受けた結果、社名や祭神(八剣神社は日本武尊、剣神社は素戔嗚尊、日本武尊、宮簀媛命の3神)に混乱が生じたとも考えられます。その結果、鞍手郡鞍手町に鎮座する各社の場合、現在は剣神社なのに史料には八剣神社と書かれるケース、社名は八剣神社なのに祭神は素戔嗚尊、日本武尊、宮簀媛命の3神(本来は剣神社祭神)となっているケースなどが出てきたのでしょう。

具体的には、新延剣神社の場合、社名は剣神社で祭神も3神なのに、「太宰管内志」には新延八劒ノ神社とあり、本城の影響が一定程度入っているように見えてしまいます。逆に中山八剣神社は社名が八剣神社なのに、鎮座地は剣岳の麓で祭神は素戔嗚尊、日本武尊、宮簀媛命の3神と、鎮座地・祭神のいずれから見ても剣岳の影響が強く出ており、本来は剣神社ではないかと思えてきます。

色々ややこしいので、これらの問題は後の回でより詳しく見ていく予定です。なお「八剣」の表記には708年に創建された熱田神宮の別宮・八剣宮が影響を及ぼしているかもしれず、八剣宮の創建は草薙神剣盗難事件と関連しています。

以上、遠賀川流域周辺に鎮座する八剣神社各社は、幾つかの例外や不明部分が見られるものの、基本的には1185年頃尾張の熱田神宮から勧請され上書きされた、或いは影響を受けたと言ってよさそうです。(注:岡垣町の高倉神社や中山八剣神社なども熱田神宮の影響を受けていますが、その時代がいつになるか現状では不明です)

とまでは、実は言い切れません。上書きとは、例えば九州のAさんの話が、大和や尾張におけるBさんの話の一部にされ、置き換えられてしまったことを意味しています。しかし、1185年以前にも北九州において日本武尊の名を記した史料が存在しています。

例えば、本城の八剣神社由緒には「第六十四代円融天皇の貞元元年丙子(九七六年三月)に、祠を建て日本武尊を奉斎した。」とあります。976年以前においても、養老4年(720年)に完成した「日本書紀」には日本武尊の熊襲討伐が詳しく書かれています。

「日本書紀」の編纂開始時期に関しては、天武天皇10年(681年)条に天皇が「帝紀と上古諸事の記定」を命じたとあるので、この時点において既に北九州の武人に日本武尊の名前が付与されていたことになります。或いは681年以前に尾張から日本武尊の情報が伝えられ、北九州の武人にその名前が上書きされたとも言い得ます。そうなると、上書きされた時代が1185年から飛鳥時代以前へと一気に遡ってしまい、上書き作業が複数回行われた可能性まで浮上してきます。あまりにややこしすぎるので、この間の事情は追って検討することにしましょう。

剣神社の場合はどうでしょうか?現時点で言えることは少ないのですが、剣神社の祭神となっている宮簀媛命は尾張国に限定された人物です。この祭神の存在により尾張からの影響が想定されるものの、素戔嗚尊、日本武尊、宮簀媛命の3神が祀られた時代や背景、その経緯などは八剣神社とは異なるはずで、慎重に取り扱う必要があるでしょう。

遠賀川流域に鎮座する八剣神社各社は、北九州の武人を祀る祠があった本城に源範頼が尾張の熱田神宮を勧請し、それが遠賀川流域の各地に分祀され、既存の各社(各祠)に上書きされた可能性が高く、祭神は基本的に日本武尊で時代的には1185年頃となる。しかしそれだけでは説明のつかない部分が残るので詳しい検討が必要。剣神社各社は剣岳から分祀されたものと思われ、祭神は素戔嗚尊、日本武尊、宮簀媛命の3柱。祭神を見ただけでも本城や、そこから分祀された八剣神社とは異なる要素があると思われので、さらなる検討が必要。剣神社と八剣神社の社名には混同・混乱が見られる。八剣神社の社名は熱田神宮別宮の八剣宮が影響しているかもしれない。と纏め、立屋敷八剣神社などよりずっと錯綜し難解と思われる各神社の具体的な検討に入りましょう。

           尾張と遠賀川流域の謎を解く その18に続く
       
                                  
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